十九回転目 運任せの初旅
「トウヤ様、テオロアまでは西に三日ほど走れば着きます。」
御者のおじさんが貨車を引きながらのどかに言う。
「へぇ、すごいですわね。でも急がずゆっくり行きましょう。色々見ながら行きたいので。」
フェリアが身を乗り出して言う。
「遊びで行くんじゃないんだぞ。」
俺は釘を刺しておく。
「まあまあ、楽に行きましょう。リラックス、リラックス。」
まるでガンホさんは自分に言い聞かせるように言った。それもこの後に控える大仕事を考えれば仕方ない。
俺は今回初めて草原を出た。
草原を抜けて轍の続く街道へ出て、林を見て、動物たちを見た。俺の知っている動物たちとは姿形は違うけど、モンスターたちとも違うその営みに年甲斐もなく感動を覚えた。
「みなさん、そろそろ休憩にしませんか。おにぎりを作ってきましたんで。」
日もすっかり暮れた頃、みんなで小川の畔に野営を築いた。焚火を囲み、おにぎりを頬張りながら星を見たり、川のせせらぎに聞き入ったりしていた。
翌日は日の登らぬうちから野営を出てテオロアに急いだ。道中、モリスさんに貨車の舵の取り方や馬の扱いについて教わった。上手く走らせるにはなかなかコツがいるようでまっすぐ走らせるのも一苦労だった。
そんなことを三日間。ようやくテオロアに着いた。
「では俺たちはここで。三日後にまたここに。」
俺とフェリアは町の入り口でモリスさん、ガンホさんと別れた。ここからは言ってみれば敵の陣地。胃袋の中だ。油断は禁物だろう。
だけど、正直俺はこの雰囲気に興奮を抑えきれずにいた。
初めて見た異世界の街はまさに夢に見るファンタジー世界の街並みだった。活気にあふれた市場。行き交う人々の服装。怪しげなお店。思わず本来の目的を忘れそうになる。
「そろそろ今夜の宿を取ろう。」
俺はそう言って市場の外れの宿場通りの方へ足を向ける。
常に人の流れのある市場とは裏腹に宿場通りは明暗がよく分かれており路地も多い。こういった造りは治安が不安定な代わりに娼婦やアウトローたちの隠れ蓑にもなっているのだろう。
俺たちは人通りの多い通りに面した立派な宿を取ることにした。
「日が落ちてくるとここの通りは物騒になりそうね。」
「気が抜けないな。いつ誰に襲われるか。」
宿場通りを恐る恐る歩く。油断をしたつもりはなかった。
「トウヤ!危ない!」
ドン!
物陰から不意にぶつかってきた来た男。激痛に膝を突く。
「ぐあぁ。」
痛みの場所から滲み出る赤黒い液体。
「クッソ、待て!」
痛む腹を押さえながら男を追い、暗い路地に入った俺の首筋に冷たい刃物が振り落とされた。
フェリアはその場で動けないでいた。急な出来事に動揺し身が竦んで足が動かない。叫び声を上げようにも声も出ない。
そんな彼女の首筋に冷たい刃物が当てられる。
「この場で死ぬか、一緒に来ていただくか。お選びください。フェリアお嬢様。」
ギルだった。抵抗しようにも足にうまく力が入らない。彼女は男の声に従う他なかった。
深夜、テオロット邸地下室。
冷たい石畳の上に後ろ手に縛られたフェリアが座らされている。傍らにはギル。
「……トウヤはどうしたの?」
「殺した。宿屋の路地の上で転がっておる。今頃は何者かに骸が見つかっておるかもしれんな。」
ギルは不気味に笑顔を浮かべる。
「お館様をお呼びする。暫し待て。」
そう言ってギルは地下室を登っていく。地上には彼が草原を攻めるために集めた荒くれ者たちがひしめき合っていた。その中にはトウヤを刺した男の姿もある。
「へへ、旦那。こりゃ弾んでいただかないと。」
そういって男は馴れ馴れしくギルに擦り寄る。
「フッ、そうだな。しかしここでは人目がある。こちらへ。」
そういってギルは男を人気のない使われていない部屋へと誘う。
数分後その部屋を出たのはギル一人だった。
「卿。フェリアお嬢様を捕らえました。」
「ほう。してどこに。」
「はっ。地下室にて縛っております。」
「連れの男はどうした。」
「殺しました。死体は捨て置きました。」
テオロットは腰を上げる。ギルは彼に続く形で二人地下室への道を歩く。
フェリアの前に現れたテオロットは軽々に口を開かない。フェリアは彼を見ようともしない。
「なぜここへ来た。」
フェリアは答えない。
テオロットの靴が彼女の腹に食い込む。
「ゲホ!ゴホ!」
肺が圧迫され咳をする。
「なぜここへ来た。」
テオロットは同じ質問を投げかける。
「……村の交易に。」
渋々と言った感じでフェリアは答える。
「お前たちが村で奪ったアイテムメーカーはどこへやった?」
再びテオロットは質問を投げかける。しかしフェリアは答えない。
テオロットの靴が今度は顔面に突き刺さる。倒れ込んだ胸に、腹に何度も何度も叩きつけられる。必死で声を押さえる彼女も思わず咳音を発してしまう。
「……明日、また来る。」
テオロットはそう言うと地下室から去っていった。
地下室にはギルとフェリアが残された。
「さてお嬢様。私も少し早めの報酬を頂くと致しましょう。」
ギルの手は誰もいない冷たい地下室でフェリアへと伸びていった。
翌日。
「アイテムメーカーはどこへやった。あの草原で何が起きている。魔物はどこへ行った。」
昨日と同様、フェリアは何も答えない。
テオロットの靴がフェリアの全身に浴びせられる。悲鳴を上げずとも胸から漏れる息に声が混ざる。
「……不快な声だ。答えぬなら必要なかろう。」
テオロットは懐から細い紐を取り出し、フェリアの首に掛けた。
「ガッ、グッ……」
紐の両端を力いっぱい引きフェリアの首を締め上げる。血と空気が堰き止められ、意識が強制的に分断される。そして意識が完全に途絶える前に解放される。それが何度も繰り返された。目の焦点は合わなくなり、息を吸うたびに激痛が走る。
「……明日、また来る。」
そして再び地下室にはギルとフェリアが残された。
「さて、本日もお楽しみの時間です。お嬢様。私も我慢の限界ですよ。お嬢様も我慢できなくなっているころでしょう。」
ギルの手は再びフェリアへと伸びていった。
また翌日。
「屋敷に賊が入った。お前の仲間か。」
フェリアは答えない。しかし、テオロットの様子はいつもと違った。
「……もう終わりにしよう。お前が居ると不審な事ばかり起こる。……いい加減目障りだ。」
テオロットは腰の剣を抜きフェリアの眼前に突き付けた。
「アイテムメーカーはもう不要だ。死ね。」
剣がフェリアに向かって振り下ろされる。
キィン!
フェリアの拘束は解け、今まで持ってもいなかったはずの剣を構え、彼の剣を受け止めたのだ。
「賊が入ったのか。そうか。良かった……。今まで我慢して、本当に良かった。」
フェリアは口角に隠しきれない笑みを浮かべる。
「なんだ!?お前は!?ギル!コイツを殺せ!」
しかしギルは動かない。我存ぜずと言った素振りで立っている。
「どうした?ギル!貴様ァァァ!」
地下室にテオロットの怒声が響く。
「そろそろ頃合いじゃな。」
ギルもニヤリと笑顔を浮かべる。
「テオロット様!そいつらは賊です!」
屋敷の中から荒くれ者を引き連れたギルがもう一人現れた。
「なんだ!何が起こっている!?」
テオロットは階段を上り、入れ替えでギルと荒くれ者たちが階段を下りてくる。
「よぉ、オッサン!久しぶりだな。」
フェリアは彼女にそぐわないような口調で挑発する。
「貴様、あのトウヤとかいう男か。死んだはずでは?」
「くくく……。ハーッハッハ。ご名答。俺は死なねえよ。」
さぁ種明かしの時間だ。フェリアは後ろの最初から居るギルと目を合わせた。
フェリアは俺に、ギルはマナトリアに姿を変えた。
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