十七回転目 運任せのモヤモヤ

「フェリア様!フェリア様!ガンホさんが来られました。」


 モティが呼んでる。今日はガンホさんと村の設備について話し合うことになっている。こういう話にはトウヤにも同席して欲しいのだけど、マナトリアと早朝から洞窟に出掛けてしまった。


 少し心がモヤモヤする。私とモティは洞窟に入ってはいけないことになっている。


「彼女は良いんだ……。」


 溜息を吐いて冷たい水で顔を洗う。


 彼女は魔女だ。それも南境の魔女と呼ばれた最悪の魔女。彼女の脅威に王国が出した結論は魔女に関与しないというものだった。


 でも美味しそうにご飯を食べる彼女の姿は、見た目相応の少女にしか見えない。


「ガンホさん、お待たせしました。」


 玄関先にはガンホさんと区画整備をしているマシラさん、ジョッホさん、ウニさんが来ていた。


「朝からすみません。区画整備と設備の件をお話ししたいのですが。」


 彼らを招き入れ、テーブルに着く。しばらくして、水を入れたグラスをモティが持ってきてくれた。各々の前にグラスを置くと、彼もテーブルに着く。


「すみません、ここにはお茶もないものですから。」


「いえいえ、交易がうまくいったらそれも仕入れましょう。確かにそういったものも必要ですからね。」


 そう言ってガンホさんは笑った。彼が話の分かる人で良かった。おまけに私やトウヤの無理難題にも快く答えてくれる。


「早速ですが……。」


 ガンホさんは手に持った地図を広げる。


「わぁ!地図ですか。」


「ええ、作っておきました。こういった事はお手の物ですからお任せください。」


 彼らは本当に器用だ。でもそれもそのはず。彼らはアイテムメーカーだ。私も噂でしか聞いたことはない。学園じゃ御伽噺と教えられた。


「では未整備地をあと二十間先まで区画分けしていきます。」


 そう言って私たちは地図に下書きを加えていく。


「ええ。それでお願いします。未整備地の開拓はホントにゆっくりで大丈夫ですんで。」


 そう言っておかないと彼らは一晩でこなしてしまう。


「それと新しい倉庫と共同の水汲み場の整備ですね。あ、そうだ大切なものを忘れていた。」


 そう言ってガンホさんはいつもの小袋から冊子を取り出す。


「名簿です。私達の名と仕事は全部記入してあります。後はフェリア様達の分の記入お願いいたします。」


 開いてみると先頭のページが空欄になっていた。


「それはそのままフェリア様がお持ちください。それで村の名前はもうお考えですか。」


「え?」


 全然考えてなかった。


「これから交易もしていきますし、寄せ集めの集団では何かと不便もあります。もしまだないようでしたら是非ご一考ください。」


 そのあとはこれから作る野菜の事などいろいろ話し合ってその日の話し合いは終わった。


「ではお嬢様、僕もこの後ガンホさんと水道掘りがありますので。」


 モティは鍬を担いでガンホさんと行ってしまった。


 一人になると色々考えてしまう。この草原に来てからの事。


 トウヤに出会って、洞窟を探索して……。


 お父様には私が生きていることはもうバレている。かつての師であったギルはお父様の狗だ。それに彼は何かを隠すとき張り付けたような笑顔を浮かべる。


「きっとお父様はこのままそっとしておいてはくれないでしょうね。」


 恐らくトウヤも気付いている。だから私に剣の指南を請うたのだろう。だけど私の剣ではギルには届かない。


 お父様の奴隷商団も襲った。これは明らかなお父様に対する戦線布告。だけど見過ごすことなんてできない。奴隷の流通は王国が取り締まる重大な犯罪だ。その事に身内が、お父様が関わっているなんて看過できるはずもない。この潔癖さがいつも私自身の首を絞めている。


 でもおかげでガンホさんたちが村人になってくれて、開拓は一気に進んだ。


 そして、魔女マナトリアが現れた。彼女の本当の目的はわからない。私はまだ彼女を信用しきれていない。だけどトウヤはもう心を許しているようだ。確かに彼女の幼い容姿は話に聞いた南領の魔女とはかけ離れたものだ。


「トウヤ、遅いな……。」


 やっぱり一人でいるのは落ち着かない。モティたちの様子を見に外へ出る。材木置き場を覗いてみるとバナクタさんがマナトリアの為のベッドを作っていた。


「やぁ、フェリア様。昨日の少女の寝床が必要でしょう。出来上がりましたら後ほどお届けしておきます。ここの材料は一級品ばかりで職人魂が踊ります。」


 彼にお礼を言い、倉庫を覗いてみる。するとちょうどダマネさん、フチさん、コモネさんが刈り取った稲の脱穀をしていた。


「あぁ、フェリア様。ちょうど今刈り取った稲の脱穀をしているところなんです。トウヤ様に飯の炊き方を教わって本当に美味しくって。」


「米がこんなに美味しいなんて知らなかったわ。ウチはまだまだ子供も小さいから。何杯もおかわりするのよ。」


「あとで精米した分をお持ちしますので楽しみにしててくださいね。」


 彼女たちにお礼を言い、倉庫を出て畑に行ってみる。すると村人のユワイさん、ゴンスさん、エレキレさんが野菜の収穫を終えた頃だった。


「フェリア様!ちょうど今日の分の夏野菜の収穫が終わったところなんです。水のおかげか土壌のおかげか、ここの野菜は一晩で実をつけるのに形も大きさも一級品で。」


「いや、形だけじゃないんです。味もそれはもう瑞々しくて甘い最高の野菜ですよ。」


「あとで採れた中でも選りすぐりの物をお持ちいたしますんでね。」


 おじさんたちにお礼を言って畑を後にする。


「そういえば、水路を掘るって言ってたような。」


 新しい畑の予定地を見てみるとモティが居た。


「あ!お嬢様。ちょうどこの畑の分の水路が掘り終わったところです。」


 彼はそう言って駆けよってくる。


「お疲れ様。何か変わったことはないかしら。」


「ドンクさんが乾季に向けて水の確保を考えた方が良いとおっしゃってました。あと、大規模な増水に備えて川を作ってはどうかとのことです。」


 なるほど、水回りは大事だわ。


「そうね。トウヤが帰ったら相談してみるわ。」


 この言葉も、ここに来て私は何回言っただろうか。自分一人では何もできない現実が辛い。


 もう日も暮れてきた。そろそろ彼らも帰ってきただろうか。


「お嬢様、僕はこの後新しい区画の下見してから帰ります。先にお戻りください。」


 家に帰るともうトウヤたちは帰ってきているようだった。でもいつもと少し様子が違う。


「どうしたの?怪我したの?朝から二人で洞窟に行って心配したのよ。何してたの?」


 薬を飲んだのか、傷こそなかったけど、血のにじんだ服。


「何しておったのかじゃと?もちろん、こ奴とデートじゃ。な。トウヤ殿。」


「マナ、そういう冗談は……。」


 私がいろんなことを考えて、悩んでしてるって言うのに。この二人ときたら……。


 いろんな相談事や悩みが一気に消し飛んで、私の中で怒りがこみあげてくる。


「マ、マナ……!?あんたって人は……。」


 あんまり頭に来たから今日のトウヤのご飯は抜きにして、マナトリアにはシャワーの時間を倍にした。私だって、たまにはこれくらい許されてもいいよね。

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