十六回転目 運任せのデート

「おお、立派な扉がついとる」


 翌日、マナトリアと早速魔障の洞窟にやってきた。目的はこの洞窟に起きている異変を調査するためだ。


 扉の前で感嘆の声を上げる彼女を尻目に扉に手を掛ける。


「待て待て。魔気が障るじゃろ。」


 そういうと彼女はむにゃむにゃと呪文を唱える。


「よし、開けて良いぞ。」


 洞窟の中はいつも通りだ。あいかわらずモンスターの姿は見えない。


「入る時、なにしてたんだ。」


「この洞窟の魔気は強烈じゃ。障らぬよう呪文を掛けておかねばな。お主にも同じ呪文を掛けたのじゃが、やはりお主ワシの術が効かんな。」


 マナトリアは不思議そうに首を傾げる。


「でも俺、ずっとこの洞窟に潜ってるぞ。魔気なんて感じたことないな。」


 俺は毎日この洞窟に潜っていた。最初なんてこの洞窟でずっと寝泊まりしていた。


「魔気が障るとどうなるんだ。」


「死ぬ。」


 彼女は衝撃の事実を口にした。


「マジで?」


「マジじゃ。少しなら問題ないがの。じゃがお主には魔気も効いておらん。全く不思議な事じゃ。」


 転移陣に乗り十五層までやってきた俺たちはさらに深い階層へと降りていく。


「マナはこの洞窟に来たことがあるのか?」


 ふとした疑問を投げかけてみる。


「そうじゃなー。ずいぶん昔に来たかのぉ。ここまで深いところまで来たことはないがの。」


 その割には転移陣にも何の抵抗もなく乗ることができるんだな。


「どうするんだ?一番深いところまで行くのか?」


「そうじゃのう。魔物の姿が見えるところまでは行きたいかのう。」


 三十四階層まで降りてきてやっとモンスターが一匹見つかった。黒いウルフだ。


「倒しちゃっていいのか?」


 一応聞くとマナトリアは無言で頷く。


 ウルフ系のモンスターの対処法は簡単だ。こいつらは動きが素早い。しかし、攻撃が直線的でわかりやすい。ならその攻撃のくる場所に剣を持ってきてやるだけでいい。


 黒いウルフは自ら剣に刺さり、息絶える。いつも通り光に包まれて消えた後は十数枚のメダルに変わった。


「マナ、何かわかったか?」


 獣のメダルを拾い集めながらこの洞窟に何が起きているのか尋ねる。


「そうじゃな、わかったと言えばわかったが、まぁ、もう一匹魔物を見つけてからじゃ。」


 えらく気を持たされるが、黙って彼女に従うことにする。そのまま三十八階層まで降りてきた。現在の最高到達深度だ。やはり魔物はいない。


「どうする?今探索できているのはここまでだ。この下の階層はまだ行った事がないからモンスターがいっぱい居るかもしれないが……。」


 俺だけならまだしも、彼女まで危険に遭わせるわけにはいかない。


「お主となら大丈夫じゃろ?」


 そういって彼女は下の階層への道を降りていく。


「結構いるな。」


 三十九階層。未踏の階層だけあって結構な数のモンスターが居る。この反応はおそらく岩蛇だ。岩に擬態して群れで襲い掛かってくる。しかし、気配探知にはバッチリ見える。先手を打って突き崩せばそう手ごわい相手じゃない。


「おう、かなりおるようじゃが、お主はそこで見ておれ。」


「気を付けろ。この階層の奴がどんな攻撃をしてくるかわからん。」


 マナトリアはニヤリと笑って進み出る。蛇の位置まであと三歩、二歩、一歩。


「さあて、岩蛇の微塵切りじゃ。」


 洞窟の中に突風が巻き起こる。岩に張り付いていた岩蛇は引きはがされ、宙に舞い、舞ったところを風に切り刻まれる。


「油断するな!まだいるぞ。」


 中には賢い奴もいる。仲間を風の刃からの盾にして先ほどの風を防いだようだ。さらに、異変を察知して階層中の岩蛇が集まってきている。こちらに向かってくる分の対処はなんとかなるが、やはり以前の階層に居た奴と比べると格段に速い。


「逃れた蛇は丸焼きよ。」


 マナトリアが火炎に包まれる。彼女に向かって行った岩蛇は炎に自ら飛び込むこととなった。


 数分後、彼女の周りには切り刻まれ、炎に焼かれた岩蛇の残骸が大量に転がっていた。周囲に岩蛇の気配はもうない。


「すごい……。これが魔女の魔法。」


 それ以上の言葉が思い浮かばなかった。きっと全力など微塵も発揮していないのだろう。その証拠に彼女は汗一つ書いていない。


「そんな事より見てみい。魔物の骸じゃ。」


 マナトリアは彼女の足元に転がる岩蛇の残骸を顎で指す。


「おお、それがどうかしたのか?って、メダルにならない。」


 俺が倒した時はすぐに光になってそれぞれのメダルを落とす。しかし、彼女が魔法で倒すと、その死体は光にならず、当然メダルも落とさなかった。


「恐らくじゃが、その剣で倒さねば魔物はメダルにはならん。そして、こ奴らはやがてここの魔気を取り込み蘇るだろう。ここの魔物はそういう意味では不死じゃ。しかし、その剣で切れば魔物に文字通り、死を与えることができる。」


「ということは、ここの魔物が最近めっきりいなくなったのって……」


 なんだか嫌な予感がする。


「そうじゃ、お主がその剣で殺しまくってたせいじゃ。死んだ魔物は蘇らん。魔物も人も同じじゃ。人は土に還るが、魔物はお主の糧、そのメダルになったのじゃ。」


 俺が原因。薄々わかっていた。無限に湧くなんてありえない。死んで何かになればその命は消える。


「魔物も多少は共に食い合ったり、互いを殺し合うこともある。しかし、それらも時間を置けば再び蘇る。お主が自然に湧いたと思っている魔物は、その殺し合いから時間をおいて蘇った魔物よ。」


 試しに死んだ岩蛇の身体を剣でなぞる。すると、岩蛇たちは光と消え、後にはメダルが残った。


「そう気を落とすな。魔物と言えど死は安らぎ、自然の理じゃ。人に害為す魔性の存在をお主の剣は浄化しているのじゃ。むしろ……」


 その時だった。完全に油断していた。気配探知を怠った気はなかった。探知にかからない岩蛇、それがマナトリアに猛然と飛び掛かった。


「あぶない!」


 咄嗟に彼女を翻したが、岩蛇の牙が肩に食い込む。その熱さで十二分にわかる。毒だ。


「くっ!」


 剣で岩蛇を切る。岩蛇は光とともに消えた。


「なんじゃ!お主なぜかばった!ワシには毒は効かん!」


 急いで腰袋に入れている非常用の万能水を飲む。


「俺にも毒は効かねぇよ。それに、毒が効かなくても噛まれたら痛いだろ。」


 いくら万能水を飲んだとしてもやはり傷口はじんじん痛い。たとえ魔女であっても見た目はただの少女だ。ほっとくなんてそんな奴、肝が据わり過ぎてるだろ。


「ふふ、バカな男じゃなお主は。ますます気に入ったわ。今日はこれまでじゃな。上に戻ろう。」


 念の為、岩蛇の残骸も残らず剣で撫でてメダルにする。そして大量の蛇のメダルを袋に入れていると、マナトリアは寂しそうな声色で言った。


「いつかお主が死ぬときは、その剣でワシを刺してくれ。」


 体力が完全に回復してはいなかったのもあるが、その言葉にそこまで深くを考えてはいなかった。


「なんだよそれ。つーか、俺が死ぬまで一緒にいる気かよ。」


「頼んだぞ。」


 そう言うと、彼女は新しい転移陣を作ってくれた。


 地上へ戻り、家に帰ると早速エリクシールを飲む。俺の傷口はみるみるうちに塞がり、痛みも引いた。


「なんじゃ、エリクシールも持って行っておったのじゃろ?すぐ飲めばよかったのに。」


 マナトリアは腑に落ちない雰囲気で尋ねてきた。


「いや、なんつーか、こういうの言葉では難しいんだけど。俺は今まで何も考えずにモンスターを殺しまくってたわけだ。なんかちょっとしたゲーム気分だったって言うか。だから罪滅ぼしって訳じゃないけど、せめて上に帰るまではこの痛みだけでも持って帰ろうと思ってさ。」


 そうすることで、自分の心に降りかかる重みをやわらげたかった。ただそれだけだ。


「やはりお主は変わっておるな。ますます気に入ったわ。」


 そんなことを話していると、フェリアが帰ってきた。


「どうしたの?怪我したの?朝から二人で洞窟に行って心配したのよ。何してたの?」


 心配そうに捲し立てる。


「何しておったのかじゃと?もちろん、こ奴とデートじゃ。な。トウヤ殿。」


 語尾にハートマークが付きそうな声色でマナトリアがしなだれかかってくる。


「マナ、そういう冗談は……。」


 途端に心臓まで凍るような冷たい視線を感じる。


「マ、マナ……!?あんたって人は……。」


 そういえば、マナトリアが言いにくいのでマナと呼んでいた。それが誤解を加速させてしまったようだ。


 その日、俺の夕食に米は出なかった。

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