十五回転目 運任せの魔女

「ワシが誰でどこから来たじゃと、それはこっちのセリフじゃ。これはエリクシールじゃな。」


 そういうと行き倒れの少女は笑みを浮かべた。


「へぇ、わかるのか。すごい薬なんだぞ。」


 身を乗り出した俺をフェリアは突き飛ばす。


「ちょっと!あなた誰?飲んだだけでエリクシールがわかるなんて何者なの?」


 急にフェリアが語気を荒げ少女に短刀を向けた。


「お、おいフェリア。こんな子供に……。」


「何言ってるの!?トウヤ、エリクシールを飲んだだけでわかるなんて只者じゃないに決まってるじゃない。油断しないで!」


 フェリアがこんなに取り乱すなんてただ事じゃない。が、どう見てもただの女の子だ。ちょっとしゃべり方は変だけど。それに家の中で荒事は勘弁してほしい。


「フム、ワシが只者ではないと申すか。なかなか見どころのあるおなごのようじゃの。じゃが、刃を向けるのは失策じゃぞ。」


 少女はそのクリっとした瞳を見開いた。


「……な、なに。か、からだが……動かない。」


 フェリアは短刀を取り落とす。


「おい、貴様!……う、うう!?」


 モティが語気を荒げ少女に掴み掛ろうとする。が、モティの手は宙をふりふりと切るばかりで少女に届くことはなかった。


「おーい、お前ら。やめろ。まずは話し合いだ。」


 出来るだけ平静を装って三人を咎める。


「ワシは自分の身を守っておるだけじゃ。」


 そう言って少女はそっぽを向いてしまう。


「フェリアもモティも落ち着け。良いな。」


 俺の言葉に二人が頷くと、二人の身体には自由が戻った。俺もようやくテーブルに着きなおすことができた。


「あなた、魔女の使いね。」


 開口一番にフェリアが少女に尋ねる。


「ハズレじゃ。」


 それだけ言って少女はフェリアにあっかんベーをする。


「お前ら仲良くしろ。話が進まん。」


「お前ではない。ワシの名はマナトリアじゃ。」


 少女、マナトリアは胸を張って言った。


「マナトリアだな。俺は凍矢。こっちの女の子がフェリア、こいつがモティだ。」


「ふむ、トウヤじゃな。覚えておくぞ。してトウヤよ、身体に異変はないか?」


 フェリアとモティのことを覚える気はないらしい。特に体に異変もないし、ちょっと変な奴だな。


「特にないぞ。」


 俺が答えるとマナトリアは、ほうと満足そうな声をあげる。


「なら、聞いて驚くがよい。ワシこそが“南境の魔女”と呼ばれるマナトリア様よ。」


 そう言ってマナトリアはローブのフードを取った。透き通った白銀の髪がなびく。


「おう、魔女か。だから物知りなんだな。」


 以前、フェリアからチラっと聞いたことがある。エリクシールを発明した魔女が居るって。だからエリクシールのこともすぐに分かったんだろう。


「な、南境の魔女……マナ……トリア。」


 フェリアが震えた声で呟く。


「なんだ?有名な魔女なのか?もしかして、メチャクチャ偉い魔女とか?」


「そうじゃ、ワシはメチャクチャ偉いのじゃ。」


 マナトリアはさらに胸を張る。


「何言ってるのよトウヤ。な、南境の魔女は“人類の敵対者”よ。でも彼女の逸話は古いもので五百年近く昔よ。こんな少女のはずは……。」


 フェリアの震えがこっちまで伝わってくるようだ。


「カカカ。不老長寿の身には肉体の見た目などなんの意味も持たぬものよ。」


 マナトリアは打って変わってケラケラと笑っている。


「それで、その偉大な魔女様がこんなところまで何しに来たんだ?なんであんなところで行き倒れていたんだ?」


 やっと本題に進めた気がする。


「うむ、それがじゃの、この草原、特に魔障の洞窟に異変を感じて、何があったか興味が湧いての。ワシの使いである夢魔の燕を飛ばしたのじゃが、待てど暮らせど一羽も帰って来んかった。そこでワシが自ら赴くことにしたんじゃが、いやなんせこの身体には遠くての。食料は尽きるわ、人の金など持っておらぬわ、飲まず食わずでやっとここまでたどり着いての。そしたらなんと旨そうな野菜が丸々実っておる。夢かとも思ったが、どうにも我慢できずにそこまで行って、あと一歩というところで気を失ってしまっての。流石に危なかったわ。カーッカッカッカ。」


 なんだか、すごく危うい話を聞いている気がする。本人は高らかに笑い飛ばしているが……。


「さて、ワシの事情は十二分に話したが、次はお主の番じゃ。トウヤよ。生憎言葉だけを鵜呑みにするような人生は送っておらん。動くでないぞ。」


 そう言うと、マナトリアは立ち上がり、俺の前に立つ。そして俺の目を見つめながら……。


「お、おい。俺にそんな趣味は。」


 少し口先を伸ばせば唇が触れ合いそうな距離。じっと俺の目を覗き込んだままのマナトリアは、しばらくすると何かを納得したかのように席に戻った。


「なるほどの。お主も理を超えた存在であったか。興味深いのはお主、一度死んだ身じゃな。」


 驚いた。そんなことまでわかってしまうのか。


「目を見ただけでわかるのか?」


「瞳でわかるはその身の記憶よ。想いまでは見えぬ。しかし事実だけを覗き見れば、ここでお主たちが何をしているのかも手に取るようにわかったわ。それにな。先ほどからお主にもそこのおなごたちと同じ術を掛けておったのに、全く効いておらん。つくづく興味深い男よ。」


 マナトリアは満足そうにうんうん頷いている。


「おい、もう俺たちに変な術を使うのはよせ。」


 一応釘を刺しておく。


「さて、という事じゃ。しばらく世話になるぞ。ワシはもう眠くなってきたわ。寝床はと……。」


 そう言いつつマナトリアは欠伸をしながら二階へと昇っていく。


「おい、待て。そっちは俺の寝室だ。」


 マナトリアは俺の顔を見るとふふっと笑って俺の部屋へ猛然と駆け出した。


「なんで俺のベッドなんだ。モティの使えよ!」


 今にもベッドに飛び込もうとするマナトリアのフードを、紙一重で捕まえる。


「嫌じゃ!嫌じゃ!このベッドがこの家で一番いい物なのは見なくてもわかるのじゃ。ワシは良い布団で寝たいのじゃ。」


 まるで駄々っ子だ。


「わかった。わかったから、せめてベッドに入る前にシャワー浴びて服を着替えろ!」


 最低限の譲歩案を出す。


「嫌じゃ!嫌じゃ!風呂は嫌いじゃ。ワシは入らんからの。」


 結局、フェリアに頼んでマナトリアに無理矢理シャワーを浴びさせ、フェリアの服に無理矢理着替えさせた。彼女がその気になればフェリアに魔法をかけて脱出も出来ただろうが、それをしなかったことを考えると俺の言っていることの意味をしっかり理解してくれたんだと思う。


 結局、俺はリビングのソファで寝ることとなった。


 深夜、気配を感じて目を開けるとフェリアが俺の傍に立っていた。


「どうした。こんな夜中に。」


「ねぇ、本気なの?彼女をここに住ませるって。」


 フェリアはいつにもまして真剣な声色だ。


「ま、本人がその気なら俺たちに追い出す権利はねえよ。」


 狭いソファに寝返りを打ちながら言う。


「あなたは知らないからそんな呑気な事が言えるのよ。南境の魔女と言えば大昔、いくつもの街を消滅させた人類の敵対者よ。そんな彼女をここに住ませるなんて。」


 こいつはそんなことを気にしていたのか。体を起こし、俺の横のスペースを叩いて座るように促す。


「俺はなあいつを見た時、お前らを思い出したんだ。どこにも行くところがなくて、だれにも頼ることが出来なくて。今ここに居るのはみんなそういう連中だ。そうやって流れてきた人間をお前は追い出すのか?」


 暗くて隣に座るフェリアの表情まではわからない。ただ黙って俺の言葉に耳を傾けている。


「お前があいつを怖がってるのもなんとなくわかる。でもそれはあいつのことをよく知らないからだ。いいか。人から聞いた話なんて信じるな。お前が自分の目で見るんだ。あいつはそんな悪人に見えたか?」


 フェリアは無言で顔を横に振る。


「これからもここにはいろんな奴が来る。いろんな人といろんな話をして、相手の本質を見ろ。上辺だけ綺麗な言葉で取り繕う奴を決して信じるな。ここを世界一の街にするんだろ?」


 意外だったのはこの後だった。急にフェリアは俺の手を握りしめたのだ。


「ありがとうトウヤ。家を出されてしっかりしないとって、ずっと自分に言い聞かせてきたけど、私はまだまだ子供だった。周りの大人の言う事を盲信して、自分の目で見ようとしてなかった。ただ周りに流されるままで……。」


 握られた手の上に冷たい雫が零れ落ちる。


「お前はいい領主になれるよ。また間違ったらいつでも俺が教えてやる。」


 彼女はぎゅっともう一度俺の手を握りしめると、頬を拭って立ち上がる。


「ありがとう。明日からも頑張りましょう。」


 そう言って部屋に戻っていった。彼女が居なくなった後、俺は再びソファに寝転がる。


 そう、俺の言った言葉こそ紛れもない詭弁だ。人を見て相手のことがわかるならだれも苦労しない。きっと彼女はこれからも苦労する。悩んで、傷付いて、間違えて、後悔して。だけど、そうやって大人になるんだ。まっすぐないい大人に。


 そんなことを柄にもなく思った。

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