十四回転目 運任せの交易

 翌日、畑ではちょっとした事件が起こった。


「トウヤ様、これはどういった事でしょう。」


 畑をお願いしている村人のおじさんが困惑の表情を浮かべる。俺としても訳が分からない。


 昨日植えた秋用の芋がもう収穫できる状態になっているのだ。


「この世界の芋は一晩で育つのか?」


 一緒に見に来たフェリアに耳打ちする。


「そんなわけないじゃない。多分あれね。」


 心当たりは、毒消し用に池に入れておいた万能水。しかし俺たちはエリクシールや万能水のことは秘密という事にしている。


「ま、まぁ細かいことはさておいて、早速皆を呼んで収穫いたします。」


 何かを察してくれたのか、おじさんは詳しいことは聞かずに、みんなを呼んで早速芋の収穫が始まった。収穫は夕方近くまでかかったが、形の良い丸々とした芋が大量に採れた。


 しかし、一日で収穫が出来るなんて。という事は……。


「季節外れの物も作れるのかな?」


 おじさんは少し考えると。


「出来るかもしれませんね。やってみましょう。」


 と、快く引き受けてくれた。そして遂に俺の念願が叶う時が来たのだ。


 三日後。


「米だ。」


 そう、米が出来たのだ。これで念願のご飯が食べられる。


「これは豊作ですね。私の中の常識もおかしくなりそうですが、早速収穫いたします。トウヤ様のお家までは精米してお届けいたします。」


「助かります。よろしくお願いします。」


 畑のおじさんには本当に世話になる。この三日間、毎日野菜を届けてくれている。


 家に戻るとガンホさんが来ていた。


「少しご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」


「はい。中にどうぞ。」


 ガンホさんの相談は、採れた大量の野菜で交易をするのはどうかという事だった。


「交易かぁ。確かに余らせるとダメになるし、調味料とか、欲しい物もあるしなぁ。」


 一応フェリアの顔色も窺ってみる。


「交易はいいとして、どこと交易するの?」


 流石、まともな事を言う。


「はい、ここから南の港町、プリマヴェルが良いかと。港町は野菜を喜びますし、塩や海産の仕入れも良いでしょう。」


 なるほど、理にかなった交易先だ。


「でも、プリマヴェルへは行程が問題よ。」


 フェリアによるとこの草原からプリマヴェルへは魔物の出る森を通る必要があるそうだ。


「ご心配には及びません。これがございます。」


 ガンホさんは懐から小袋を取り出す。


「魔物除けの薬香でございます。これがあれば魔物に襲われることはございません。」


「さすがですわね。それ一つで一億アルスは下らないはずよ。」


 よくわからないが大層な高級品のようだ。


「ええ、わたくしども、富を得ることは重要と考えておりません。もちろん、トウヤ様、フェリア様がおっしゃるならわたくしどもの作ったものを交易に出すこともやぶさかではございませんが。」


 そうか、俺のエリクシールとか、万能水と同じようなもので、この人たちの作った物を安易に流通させると、いろんなバランスを崩しかねないのか。


「いや、とりあえず交易に出す物は村で採れた野菜だけにしておこう。」


「そうね。賛成だわ。私達の正体もばれないようにしないと。」


 俺たちの言葉にガンホさんも深く頷いて賛成してくれる。


「それでは早速交易品と御者を選んでまいります。後ほど検閲お願いいたします。」


 そう言うとガンホさんは帰っていった。


「さて、俺は久しぶりに少し洞窟へ行くよ。今日はすぐに帰ってくるから。」


 フェリアにそう告げると、俺は最近疎かになっていた洞窟探索へと向かっていった。


 洞窟に入るのはえらく久しぶりだったが、ただ探索をサボっていたわけじゃない。一つはテオロアからいつ攻められるかわからず、警戒が解けなかったこと。もう一つはこの洞窟のモンスターが最近めっきり減ってしまった事だ。少し間隔を開ければ増えるかもしれない。それで最近は探索を控えていたのだ。


 しかし、やはりモンスターは全然いなかった。俺の不安は確信に近いものを得た。ここのモンスターは近々枯渇する。


 結局二十一階層までモンスターは一匹も居なかった。三十階層まで探索して見つけた数匹だけのモンスターを狩り、帰りは転移陣で帰った。


 家に戻るとちょうど村の人たちが貨車に野菜を詰め込んでいた。


「あ、トウヤ様。後は米を積めば準備できますので、今夜にでも発ちます。」


「そうですか、じゃ、渡したいものもあるので出立前にぜひうちに寄ってください。」


 そう言って軽く会釈を交わし、家へと戻った。洞窟の事、ギルの事、村の事、考えなくちゃいけないことはたくさんあるけど、怖いほどに順調だな。そんな風に思っていた。その日の夕方までは。


「トウヤ様ー。トウヤ様ー。」


 夕方、村人の一人がウチに駆け込んできた。俺としては米の精米が出来たと思い、ウキウキして戸を開けたのだが、どうやら様子が違う。


「行き倒れ!?」


 どうやら、畑の外れのところで人が倒れているらしい。おじさんと急いで向かう。


「死んでるのか?」


「いえ、息はしているみたいなのですが、どうしたものかと思いまして。」


 おじさんからしても外から来た人間にどう対応していいかわからず、持て余したのだろう。


「今度からは良心に従って行動してもらって大丈夫だよ。女の子?」


 黒いローブに身を包んだその子は十歳くらいの女の子に見えた。その子を見た時、俺はフェリアとモティが初めてこの草原に来た時のことを思い出した。


「おい、大丈夫か?」


「た、食べ物……。」


 少女は擦れた声でそれだけを言った。この子もなにかの事情でここに捨てられたのかもしれない。


 少女を抱えて家に戻る。


「ちょっと、どうしたのよ。その子。」


 少女を抱えた俺を見てフェリアが戸惑う。


「行き倒れみたいだ。何か食べるものを作ってやってくれ。」


 少女をテーブルにつかせる。彼女はテーブルに突っ伏してぐったりしている。


「とりあえず、これ飲め。」


 そう言ってエリクシールを飲ませてやる。これだけでとりあえずは大丈夫だろうが、空腹感は満たせないだろう。


「ちょうど米が来たんだ。僕が米を炊くよ。」


 モティが米袋を持ってきた。


「待て!俺が炊く。」


 以前モティの炊いた不味い米で大変な目に遭ったんだ。彼にはしっかり米の炊き方を覚えてもらいたい。


「あら、美味しい!」


「ト、トーヤこれには何を入れたんだ。米がこんな風になるなんて。」


 俺の炊いた米はフェリアとモティの評価は上々だったようだ。モティなどさっきまで頭を抱えながら“米がダメになるー!”って叫んでいたのにな。


 そして俺たちは少女を見る。彼女は先ほどから一心不乱にご飯を食べている。


「ん!……んぐ!?」


「お、水か。ほら。」


 エリクシールの瓶を渡すと彼女は夢中で頬張る。


「ぷはぁ。美味いなこれ!こんな美味い米は初めて食うたわ!おかわり!」


 少女は笑顔で椀を突き出した。


「おい、いくら食べるんだ。ちょっとは遠慮を。」


 モティが少女を咎めるが、米はいくらだってあるんだ。そうケチケチする必要はない。


「良いじゃないか。モティもフェリアもおかわりあるから一杯食えよ。」


 なにより、日本の故郷のやり方で炊いた米を美味しいと言ってもらえたことが嬉しかった。


 結局、少女は四度のおかわりをし、肉も野菜も全て平らげた。モティも二度のおかわりをし、フェリアはそんな二人を羨ましそうに見ていた。まぁ、深くはツッコまないでおいたが。そして余ったご飯は甘辛く煮た菜で包んでおにぎりを作った。


 そうこうしていると、交易に出る村の人たちが挨拶に来た。


「では、行って参ります。二週間くらいでこちらに戻ると思います。」


 そういって、御者のおじさんは頭を下げる。


「ちょっと待っててください。」


 そう言って家の中から用意していたおにぎりとエリクシールと万能水を数本手渡す。


「おにぎりは道中早めに食べてください。その薬瓶は怪我した時に飲んでください。交易の成功願ってます。道中お気をつけて。」


 おじさんは何度も頭を下げて貨車を引いていった。


 さて、後片付けを済ませてテーブルに着く。少女は満足そうに飲んだ後のエリクシールの瓶を眺めていた。


「さて、お前何者だ?どこから来たんだ?」


 俺の質問に少女は笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る