十回転目 運任せの訪問者
翌日、俺たちは一つの議題について話し合っていた。
「町や村があるならそこに種をもらいに行くべきだ。」
せっかく畑や田を作ったのに、植えるものが何もなくては話にならない。その植えるべき種をどうするのかを俺たちは朝から話し合っていた。
「一番近くの村でもここから三日はかかるわ。魔物の居着いた森があったり、とても無理よ。」
フェリアは種を調達しに行く事には反対のようだ。
「僕もお嬢様に賛成だ。旅の間お嬢様に何かあったらどうする気だ。」
モティはフェリアの身が心配のようだ。
「だから、俺が一人で行くってば。」
「異世界人のあなたが一人で行ってどうするのよ。この世界の常識もあまり知らないじゃない。」
「じゃフェリアは野菜が食べたくないのかよ!?俺は早く米が食いたいんだ!」
「野菜は食べたいけど、今無理する必要なんてないって言ってるの!」
こんな調子で俺たちの議論は平行線だった。
コンコン……
俺たちがそんな言い合いをしていると突然ドアがノックされる。もちろん俺たちに尋ね人の宛てなどない。もしかしたら野党などが紛れ込んだのかもしれない。
弛緩した空気に一瞬で緊張が走り、反射的に立てかけている剣を取る。
「二人とも、俺が良いと言うまで隠れてろ。」
二人は無言で頷くと客間へと隠れた。
ドンドン……
今度は強めにドアが叩かれる。俺はドアに手を掛け、気配を探知する。
相手は一人。気配は人型だ。まぁ、律義にノックするモンスターもいないだろう。
剣の柄に手を掛けながらノブを回す。
ドアを開けた瞬間、太い剣が鼻先を掠める。だが遅い。紙一重で避けながら剣を抜き、相手に突き立てる。が、ここで重大なまでに心に迷いが生まれてしまった。
相手は人間。男だった。先に抜いたからと言ってこの剣をこのまま突き出せば相手は確実に死ぬ。散々モンスターだけを相手にして、薄れに薄れた命を奪う事への現実感がここにきて急に両肩にのしかかり、剣を突き出す腕を重くした。
俺の剣は空を刺す。相手は一足飛びに俺との距離を取る。素人目にもわかる。かなりの手練れだ。
こういった相手とは距離を取るのは不利だ。経験値が違いすぎる。モンスターとの毎日で身体能力で負ける気はしないが、手数が違う。剣の熟練度も違う。こっちは突きしかできないんだ。
しかし、知っている。突くという事は相手を殺す。致命傷を奪うという事だ。警告代わりに薄皮一枚切るなんてこと、俺にはできない。こんなことなら棒切れを持ってくるべきだった。
「むん!」
掛け声と共に男は間合いを詰める。やはり遅い。男の剣を寸でのところで受け止め、力任せに押した。
パキィィィィン。
男の剣が折れ、甲高い音と共に折れた剣先は地面に刺さった。
「なんだテメェ!いきなり。」
切っ先を男に向けたまま声を荒げる。
「フム……。」
男は答えず折れた切っ先を見ている。
「先生!」
突然、フェリアが俺と男の間に割って入る。
「せ、先生!?」
男はフェリアの姿を認めると、折れた剣を鞘にしまう。
「失礼仕った。拙は王立テオロア高等学園にて剣術師範を務めるギル・ドルヴァンと申しまする。卿からフェリアお嬢様がこの平原に来られたと聞き及びお嬢様を連れ戻しにやってまいりました。」
そういって男は深々と頭を下げた。
リビングのテーブルに着くと男とフェリアは思い出話や親しい人たちの近況を楽し気に話し合っている。と言ってもフェリアが一方的に話しかけている感じだが。
俺はというと、彼女の信頼とは裏腹にこのギルという男を一切信用できずにいた。というのも、フェリアに見せる穏やかな表面とは裏腹にこの男、俺に対して一切殺気を切ってはいない。この感じ、地下でモンスターが俺に向けるものと同じ、獣の殺気だ。次の瞬間には飛び掛かられて喉元を噛み切られてもおかしくない。
「おい、話が進まねえ。何しに来たって。」
遂に痺れを切らしたのは俺の方だった。
「うむ。フェリアお嬢様、テオロアに帰りましょう。卿も心配しておられます。もう一度今日とも話し合う為、私とテオロアに帰りましょう。」
何を今更!二人が来てもう何週間経ったと思ってる!俺がいなければ二人はとっくに死んでいた!そもそも、ここに来て最初に放った一撃。あれは相手を確認しての攻撃じゃなかった。ドアを開けたのがフェリアだったらどうする気だ。
全身の毛が逆立つほどの怒り。思わず叫びそうになる。しかし、これはフェリアの問題だ。グッと堪える。
「師匠……私は帰りません。」
フェリアはギルの目を見てはっきりと言った。たった一言自分の意志を。それだけで、フェリアの意志は固いと悟ったのか、元々の性質を知っているからなのか、ギルは静かに席を立つ。
「わかりました。今日のところはこれにて。」
軽く頭を下げて外へ出る。
「師匠、お父様には私のことは……。」
「ええ。秘密という事に。」
それだけ言うと男は去っていった。俺の心なしか、その笑みは不気味に張り付けた仮面のように見えた。
「良かったのか?」
一応聞いてみる。
「今更だよね!」
そう言ってフェリアは笑った。しかしその目の端が光っているような気がしたのは俺の気のせいじゃないと思った。
「なぁ、フェリア。お前、あいつの弟子だったんだよな。」
「そうだけど、どうしたの?」
「俺に剣術を教えてくれないか?」
次は許さない。圧倒的な力でねじ伏せて、その身勝手を思い知らせてやる。
テオロア。一週間後。
テオロット卿の前に一人の男が訪れた。
「戻ったか。」
男は仰々しく頭を下げる。
「はっ。」
「あれの亡骸は。」
「仰せのままに果ての草原へと出向いてまいりました。しかしフェリアお嬢様は……。」
「まさか!?」
「はい。存命でした。」
「……。」
「夜を待っても草原に魔物は出ませんでした。どうやら扉で魔物が溢れ出るのを防いでおるようです。しかも厄介な事に草原に住み着いた男が居まして。」
「何者だ。」
「たいした者ではございません。しかし妙な業物を持っておりまして……。」
男は腰の獲物を両手で差し出す。その刀身は折れているように見えて、綺麗に切れていた。
「フム……。」
卿の眉がピクリと動く。
「その男、魔女の手の者か。」
「いえ、そのような雰囲気は。しかし、だとしたら……。」
「……殺せ。あれもその男も。」
冷たい声がさらに低くなる。
「……はっ。」
男は一礼すると去っていった。
「煩わしいことだ。しかし草原の魔物は消えたか。」
卿は口角を不気味に吊り上げた。
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