【第三夜】田原坂

日曜日は東京都との往復で、そこからの月曜出勤。とにかく体がきつい。

というか仕事を休みたい。けれどもそうもいかず。


仕事にとりかかるまえに、少し小ネタでも書いておこうと思う。




私の地元は熊本県なのだけど、全国的に有名な心霊スポットが数か所ある。

「赤橋」とならぶスポット、それが田原坂だ。


田原坂は、西郷隆盛が盟主となって起こした士族の反乱、西南戦争の激戦地となった場所だ。



とにかく広い原っぱがあるのだけど、弾痕が残っている家や資料館がある。そして、官軍墓地。薩軍として戦い、戦死した兵士300余名が埋葬されおり、整然と無数の墓標が並んでいる。



そんな場所なので怪談の類はよく聞いていたのだけど、ここにいたずらで取り残されたことがある。

同じ熊本出身の大学の先輩が、わるふざけで俺を置き去にした。気づいたときには、激戦地となった何にもないだだっぴろ原っぱで、俺は一人だった。




どういうときで、パニックというのは基本デメリットしかないものだと思う。



冷静さを失うと正確な状況把握や判断ができなくなることはもとより、場合によっては「幽霊の正体見たり枯れ尾花」っていうこともあり得るかもしれない。



何にせよ、絶体絶命のようなピンチの状況下でいかに冷静さを保てるか、動じないかという不動心、が心の修行の目的なのだとかずさんに教わったように思う。



だから俺はそんなときでも努めて冷静だった。いわずもがな怖かったけれども。


車の通行が遠くに聞こえる原っぱ。そこを抜ける風は生暖かった。風がそよぐ音、揺れる枝葉、百と数十年前に、俺がいるまさにこの場所で、壮絶な戦争があったのだと考えると、不思議な感覚になった。



噂では官軍の亡霊が出たり、刀で切り合うような金属音が聞こえたり、お経が聞こえるなどいろんな心霊現象が多発するような場所だった。




で、期待に応えられず申し訳ないのだけど、だけど俺の中では、何の現象もなかった。

広い空間なので、風の反響で金属音が大げさに聞こえたり、時にはお経のように聞こえることもあるかもしれない。心霊現象として本当に起きる場合もあるだろう。



ただ、置き去りにされたことを自覚した瞬間、心をギュっと締めた。取り乱すと余計なものにまで怯えてしまうようになる。



心を閉ざす、とはまた違い、努めて冷静に。なので、風を感じ、音を聞き、空気や気配を読んだ。刀の音やお経が聞こえてしまったらどうしよう。背後に人の気配を感じたら?



不安が頭をよぎるも、一人でじたばたしても仕方がない。感覚を研ぎ澄ませたけれども、何もなかったので、そのまま原っぱを抜けて舗装された順路にあがった。



先輩は、その順路から慌てふためき、おどろいて逃げるさまを見降ろそうとおもっていたんだと思う。その期待も裏切ってしまい、普通に俺が戻ってきたものだから言う。



「あの状況で冷静なお前が一番いわ…」



帰りに先輩におごってもらった馬のホルモン煮定食が、おいしかった。

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