【第二夜】幽霊と刃物

個人の勝手な価値観だけど。

例えば柔道は、地面があって、自分の体があって。相手が衣服を着ていれば成り立つ。空手であれば、自分がいて、踏みしめる地面さえあれば、あとは拳を握るだけだ。



その意味で、俺は剣道や弓道を習おうなんてことは考えたことがなかった。興味本位でかずさんに聞いたことがある。


「かずさんは何で剣道はじめたんですか?」


「刃物を正しく扱えるようになりたかったから」


刃物?真剣ってことなのかな?


「古来から刃物は、刀に代表されるよう不思議な力がある。一番古くて有名なものでいえば天叢雲剣あまのむらくものつるぎか。草薙の剣っていえばわかるだろ」


あぁ、スサノオが出雲国でヤマタノオロチを退治したときに、尻尾からでてきた剣だったっけ?


「あれは目にしただけでも死んでしまうって言われるくらい特別なもんだけどな。何せ神器だから。要するに”断ち切る”っていうのができる刃物には、根源的な人間の恐怖や畏怖があるんだろうよ」


なんとなくピンとこない。


「いいかい?断ち切ることができるっていうのは、強いんだ。それが縁であれば意中の人と疎遠になれるし、断ち切るものが命ならこの世からおさらばだ。断ち切る、を扱えれば幽霊だってなんとかなりそうじゃないか?いざとなればその縁を断ち切ればいいんだから」


刃物ってそんなものも切れるんだろうか?料理で野菜や肉や魚や、まぁときたまニュースで他人を切ったなんてこともあるけれど。


「切れるさ。断ち切るものなんて、手に触れられるものじゃなくてもよくって。断ち切る、切り離す、自分とは一緒にさせないっていう心の意識の方が重要なのさ。心を鍛えるってのはね、いろんな意味でだね」



ますます分からない。


「空手ずっとやってるんだろう?心の鍛錬の方はまだまだなのかな。とにかく、心構えも踏まえて、刃物を正しく扱えるようになると思って剣道始めたんだよ」


かずさんは笑いながらいった。


「とり憑いた時点でそれはえにしだ。神職でもない限り、切り離すくらいのことしかできないんだよ。だからね、幽霊たちは刃物を怖がる。縁を断ち切られることより、常世とのつながりを断ち切られることが恐ろしいからね」


ご神体として刀、刃物、剣を祀ることは珍しくない。仏教であっても…


「そうだ。不動明王、お不動様が持っている倶利迦羅剣くりからけんは、三毒と言われる煩悩を断ち切る剣だ」


あんな怖い顔して剣を持っているから、悪霊でも退治する仏さまだと思っていたけど違うようだ。



「当たらずとも遠からずだけどな。お不動様の除霊見たことあるか?あれはほんとにすごいぞ。剣がどうのこうのじゃなくって、ほんとに指一本動かせなくなる」



怖いものみたさというかなんというか。本当にお寺でそんなことがあるのかにわかに信じがたいけども、かずさんは見たどころか、除霊を受けたような口っぷりだ。


「あんなのは凡人には無理だね。修行が過酷過ぎるよ。だからこれなんだ」



そういって竹刀の入った布袋を撫でていた。

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