赤い橋 3/4
部屋にわけのわからない存在が出始めて、1週間と少しを過ぎた頃だったかと思う。異様な存在感の確信だけはあるものの、未だその存在を見たことはなかった。
殺気、あるいはそこまでの悪意のないいわゆる闘気。視線や気配を読み取ることは、ある程度できていた。当時で10年弱の武道経験があったからだろうと思う。静けさの中では余計に感覚が研ぎ澄まされる。
その五感全てが、違和感を訴えていたのだった。
この頃は視線や気配にすっかり参ってしまい、除霊に関する情報なんかをインターネットで集めていた。学校も行かずに、いろんなHPを漁っていた。けれど、たかが高校生。本物なのかどうかわからない人に、決して安くはない鑑定料や除霊のお金など払える余裕はなかった。
こうして決定的な打開策もないまま、やたらと修験道や陰陽師の知識を深めていっていた、とある日の夜だった。
ロフトには、就寝時用に小さな本棚を設置しており、数冊はディスプレイできるように立てかけておけるになっている。シリーズの第一巻だけ表に立てかけておくような、っていえばお分かりいただけるだろうか。
後ろに傾け、前に設けられたストッパーが支えるというごく単純なブックディスプレイだ。その単純な構造ゆえ、何かの力が加わらなければ、落ちることはない。
静けさがいやで、ゆったりした音楽を聴いていたときだった。バサッと音がし、気づいて見やるとディスプレイにしていた漫画が落ちていた。
???なぜ落ちる?
ケタケタケタ
男とも女ともわからない笑い声が部屋に響いた瞬間、全身の鳥肌が立った。けれども一応は武道を修行している身。即座にロフトの上から階段を少し降りたところで飛び降り、そのまま自室を飛び出した。
血気盛んな高校生であったけど、親と一緒に寝させてもらう他、なかった。さすがに参ってしまった。
学校も勉強も、そして空手の稽古も身が入らなくなってしまっていた。どうしても家が、自分の部屋が、そこにいる何かが脳裏をよぎってしまう。
いま振り返っても精神的に、灰色の日々だった。
そんなときに、ある意味で運命的な出会いが訪れることになる。
俺がやっている空手は、いわゆるフルコンタクトと呼ばれる直接打撃制の空手を始めた祖の団体で、全国に支部や道場があった。
春が来るころだったか、進学で福岡県に行っていた玄季先輩が帰省がてら道場に顔を出してくれた。福岡でも空手を続けているとのことで、それは在学時代となんら変わることはない、先輩の姿があった。が、一人ではなかった。
「俺のあっちでできた友人でな。どうしても空手の稽古と阿蘇の火口を見たいってんでな、帰省がてら連れてきた」
稽古が終わったあと、近くのファストフード店でそう紹介してくれた。名前をかずさんという。チノパンにシンプルなTシャツに…なんというか、飾り気のない人だなっていう印象だった。
「こう見えてこいつは剣道やってるからな」と玄季先輩は笑って紹介してくれた。「いろんな意味で相当強いぞ」
「よろしく」
かずさんはそうとだけいって、じっと俺を見ていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
初対面でじっと見られると、どう反応していいのか分からない。
「ノウマクサンマンダーxx#x$x%&xx'x(xxxx)('&%$x#$%&x'()」
かずさんはぶつぶつ何かを口にしながら迎えの椅子から立った。
俺は何がなんだか分からなった。ちょっとぶっ飛んだ系の人なのか?
「#$%&'()'&%%')=)('&%$#$%&'()」
かずさんは僕の背中の方へつかつか歩いてきた。そのまま俺の背後に立つ。玄季先輩は、興味深そうにみているだけだ。友達なんだろう、なんとかしれくれよ先輩!
「
言葉ではなかった。武道でよくある、短く息を吐ききる呼吸の音だった。
人差し指と中指をそろえて背骨に沿って切るような、一瞬の手の動きだった。まぁ背後だったからこの時は見えてないんだけど、以降何度かみることのあるかずさんの動きだったから、こう書ける。
かずさんの指が通った軌跡は、じんわりと暖かくなった。
感動したわけでもなく、根拠のない安堵でもなく。何も理由はないのに、涙が溢れてきていた。別に痛いわけでもなにもないのに、ただ体が生理反応のように涙を流していた。
「あまり変な場所に遊び半分で行くもんじゃないよ」
かずさんはそういって笑った。玄季先輩も、笑っていた。
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