第24話 兎角の変異

 ──出発から8時間。

 

 漸くラームル湖の森に着いたハルア達は直ぐに兎角を探し始めた。

 森は意外に深く、小高い山や高い木などが周囲を巡っていた。


 その向こう側には、【守岩壁しゅがんへき】といわれる魔者側と人間側を隔てる大きな壁がある。


 その守岩壁の頂上には〈監視施設〉があり、サイラムの抗魔騎士団【アリア】が魔者の監視と防衛にあたっている。

 魔者の侵入を未然に防ぎ、人間に危害が加えられない様にしているのだ。


 ハルア達は守岩壁を正面に捉えつつ、周囲を警戒して少しずつ森の中へと進んでいた。


 先頭はアークが歩き、ルールウが探索魔法を使い、それを挟む様に右にミスティ、左にリメル、そして後ろをハルアが固めていた。


「なぁ、ルールウ。何か捉えられたか?」

 そのハルアの質問に首を横に振りながら答えた。


「ううん……。まだ確認できる範囲にはいないようだよ。アークは何か感じた?」


「いや。俺の方も何も気配を感じないな……」


「私は副適性が武術で、あまり探索は得意じゃないから、周りをよく見てるけど……何も見えないかな」


 アークとリメルがそういうと、ミスティもそれに同意した。


「俺の方も運命記録機フェイダーは作動してないから近くには気配は無いんだと思うけど、ここまで動物の一匹すら出会わないなんて奇妙すぎる……」


 ハルアは自分の違和感を、皆んなと共有できる様に言った。


 この違和感は仲間も感じているのだろう、アークもその奇妙さを口にしていた。



「確かに……。森を結構進んだはずだが、これは普通じゃない。気配にも、探索魔法にも掛からないなんてな……。逆に警戒を強めた方がいいかもな……」


 

 そう言った瞬間────!!



 探索魔法で警戒していたルールウが声を上げた!


「皆んな! 来るわ!! リメルがいる方向から1体がすごい速さで近づいて来てる! さっきまで全然探索に引っ掛からなかったのに……何で!?」



 そのルールウの声とほぼ同時に、ハルアが持っている運命記録機フェイダーが反応し、記録を始めた。


 ルールウが言った方向に全員が目を向けると、遠目でも分かる程の大きさ……恐らく3メルトはあるだろう、巨体がその体格とは似つかわしくない猛スピードで接近していた。



「リメル! 気を付けろ!!」


「分かってる!!」



 アークがそう叫ぶと、リメルは勇者ブレイブの特性である【絶対能力】を発動した。


空間盾スペルド!!」


 その瞬間、リメルの目の前にはメンバー全体を守る様に、青みを帯びた半透明の盾が現れた。


 突然出現した盾にぶつかり反動で跳ね飛んだ兎角はその巨体を回転させながら大きな音と共に地面に着地した。


 兎角と距離を取ることができ、アークは即座に光霊剣を展開していた。


 だが、すぐにその距離が無駄になる事が起こってしまったのだ。


 魔法を使わないとフィアから聞いていた。


 ──だが、兎角の角が光り始め、明らかに魔法の予兆であるのが分かった。



 次の瞬間──!!!!!!



 甲高い声と共に、ハルア達に向け氷魔法を放っていた。



「何なのよ!? 魔法!? 何で!」



 リメルはそう言いながらも盾の強化に集中し、より強固にした。魔法はリメルの盾に阻まれて直撃は免れた。


 だが、半径5メルトにある木々や地面が氷、周囲の温度を一気に下げた。


 その影響で5人の体力を大きく削った。

 特に能力を発動させていたリメルへの影響は大きく、盾も消えている。



「リメル! 大丈夫!?」



「……うん、大丈夫。直撃じゃなかったにせよ、まさかここまで体力を消耗するなんて……」



 ルールウは、片膝を着くリメルを支えてながらアークに言った。


「アーク……。これはおかしいわ。フィアさんが言ってた事と全然違う……。大きさの事は言ってはなかったけど、『魔法は使わない』って言ってたし。それにこれは明らかに新人向きではないと思うわ……」


「確かに、これはおかしすぎる。あの大きさにしてこの素早さ……その上、魔法つきだ……。どう考えても新人レベルではないな……」


 

 その会話に割り込むようにハルアとミスティは口を挟んだ。


「お前達の言う通りだけど、フィアさんが嘘をいう人には見えないし、悪意は絶対ないと思う」


「そうだね。確かにフィアさんはいい人だったし、色々教えてくれたし」


「俺もフィアさんを疑ってはいないよ。きっと何かの力が作用したのかもしれない」


「うん。そうだね。アークの言う通り私も疑ってないし、何かの魔法がフィアさん達にかかってたんだと思う」


 ハルア達がそれぞれ話していると、リメルが「次が来るわ!」と言い、兎角の方に目を向けた。するとまたしても角が光り始め2発目の氷魔法を放とうとしていた。


 それをさせまいと、ルールウは右手を大きく上げて風魔法を使った!



風槍ウィドスピア!!」



 ルールウの言葉と同時に、空中に空気を圧縮した風の槍を3本作り出すと、手を振り下ろした。


 風槍は一直線に兎角に向かい、まさに放たれようとした魔法を打ち消す事ができた。


 その内の1本は兎角の右前足を射抜きバランスを崩す事に成功した。


 その崩れた隙を逃さす、アークは展開していた光霊剣を操作すると、兎角の目と左前足を素早く横に薙いだ。


 視界と両前足を失った兎角は前方に崩れ、頭から地面へと倒れる事となった。



「ハルア! 兎角の角を切れるか!!」


「ああ! やってみる! 頼むミスティ!」


「うん!!」



 ハルアはアークに言われると、昨日のうちに準備していた片手剣を抜きミスティに強化魔法をかけてもらい、全速で兎角に向かいその角に照準を合わせて振り下ろした!


 1メルトはある角は意外に頑丈だったが、剣の切れ味と、ミスティの強化魔法のお陰で何とか切り落とす事に成功していた。



「アーク! 落としたぞ! あとは頼む!」


「分かった! ハルア離れろよ!!」



 そうハルアに促すと、アークは3本の光霊剣をひとつにし、手でそれを掴み取ると兎角を真っ二つに切り消滅させた。

 

 倒した後には、魔位物まなりものが消滅した際にその魔力が固まり、石になる【魔法石】が1つ落ちていた。


 

「手のひらサイズの魔法石が落ちるなんて、やっぱりこの兎角は低級じゃないね……」


「そうね……。低級ならこの大きさの魔法石は落とさないもんね」



 リメルとルールウが話していると、そこにミスティが近づき、盾の強化に集中し疲れているリメルに、回復魔法をかけ体力を回復させた。


 俺は角を手に取ると、マジックアイテムである収納袋に納めた。


「アーク……。やっぱり何かあるな……これは」


「ああ。あんなのに集団で来られたら対処できない。1体だったからまだ良かったがな。これは一旦ギルドに戻った方がいいかもしれないな……。リメル、ルールウ、ミスティさん。俺達の結論は一旦戻るとなったが、3人ともどうだろう?」



 これに3人は意見は同じというように、お互いに顔を見合わせてハルアとアークに答えた。


「そうだね。戻ろう……。私も盾を強化しただけでかなり消耗したから……。兎角の魔法の影響もあったけどこのまま進むのは危険だと思うから」


「私も賛成だよ。このまま進んでも、私の魔力は保たないと思うし。戻れるうちに戻らないと疲れ切ってからじゃあ遅いしね」


「うん、そうだね。早く戻って報告した方がいいよ。私の神力も保たないと思うし」


 それぞれ答えると、全員が戻る事を決めた。

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