第14話 神人戦争①

 ──三千年前 半神人ハゴットの国ミレナザーダ王国【神都メルヴェルク】──

 

「大変です! 国王陛下!!」


 そう大声で謁見の間に急ぎ入ってきたのは、赤のローブに黒の外套がいとうを羽織った、40代位の黒髪短髪の男だった。


 彼は、神都ミレナザーダの経済などを統括している大臣、ルヴィウス・アオグレイスであった。


 この神都で、国王ラキオ・セウス・エルダールに次ぐ2番目の実力者である。


 その彼が、いつもの落ち着きを払った行動ではなく、息と服装を乱しながら足早に入って来たのだ。


「どうしたのだ!? アオグレイスよ……。お前にしては珍しく慌てているではないか」


「……申し訳ありません。しかし、この緊急事態につきお許し頂きたい……。罰はこの報告後に甘んじてお受けいたします」

 深々と頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。


「何をいうか……。確かに国王と大臣だが、お前と私はその様な固い中ではあるまいに……。昔からの旧知の中ではないか。この程度のことで、私が罰する訳はないだろう?」


 国王のこの言葉に再び頭を下げ、この状況となった、緊急事態について話し始めた。


「恐れながら申し上げます。神都騎士団団長デルギア・ディメルサが、騎士団の凡そ半数の1千500名を連れ神天界に進軍しました!」


「何だと!? それは一体どういう事なのだ!?」


 その知らせに、その場にいた数人の近衛兵達からも驚愕の声と同時に「神と天使に勝てると思っているのか!?」「神天界は必ず半神人ハゴットを許さぬぞ!」「大規模な戦争が起こる!」など、怒りと不安を口にしていた。


 その、騒ぎを収める様に、国王は口を開いた。


「皆! 静かにせよ! まだ大臣が報告の途中だ。アオグレイスよ、続きがまだあるのだろう?」


「は! 仰る通りで御座います。ディメルサの奴は騎士団を連れ出す時、止めに入った副団長アブルス・ダルドに重傷を負わせ、その場にいた複数の騎士達にも危害を加え、数人の死亡が確認されました」


 その報告に国王は両手を組み、額に当て、事の大きさに頭を抱えていた。だが即座に、より情報を持っているかもしれない者を思い浮かべていた。


「死亡者を出すとは……。どういう経緯いきさつでディメルサが進軍したのか知りたい! 騎士団統括ディーノ・レザノガード大臣を呼んでくれ」


 国王が名前を口にしたちょうどその時、謁見の間の扉が開き、その当人が現れた。


 先程のアオグレイスとは違いゆったりと慌てる様子もなく……。


 全身を黒色のローブに身を包み、白髪で長い髭を蓄えた60代半ばと思しき男性が口を開きながら入って来た。


「……報告が遅れ大変申し訳ありません。残りの騎士達にディメルサの事について聴取しておりました。その結果、様々な事が判明致しました……」


「そうか。では、報告を頼む」


「騎士達によりますとデルギア・ディメルサは以前から『神と天使が俺の上に存在し支配しているなど不愉快だ! 俺が奴らを支配してやる』と言っていたそうで……周囲の騎士達はいつもの事だと聞き流していたみたいでしたが、ある時奴が独り言で『──漸く、俺の理想が実現する……神と天使の支配を終わらせてやる』と言ったそうなのです」


 周囲からはより大きな騒めきが起こり、団長の暴走に「何のつもりだ!」という声が上がった。


 だが、国王はそのまま話を続ける様に促し、それを確認したレザノガード大臣は国王陛下に跪きこうべを垂れ淡々と話を続けた。


「また、ディメルサは自分に陶酔している者達を使い、着実に自分に忠実な部下を増やしていき、騎士団の半数という数を手に入れた様なのです。しかも、半数を手に入れる為に、どうやら魔者の力を借りたらしく……騎士団だけでなく、魔者とも手を組み、さらに反・神天界を掲げる純人間ジュアング半神人ハゴットの冒険者達も引き入れたみたいです。ディメルサの目的は神天界に存在する神力の源である【神樹の聖源セイドリース】の様で、それを手に入れ【星界騎士団】なるものを結成し、神天界とこのアルティミラを支配する為の様です」


 その途轍もない計画を考えていた事に、さっきとは逆の静寂に包まれていた。

 その静寂を破ったのはアオグレイス大臣であった。


「レザノガード大臣、其方はよくここまで聴取出来たな……。いち騎士である者達がそこまで知っているものなのか? 魔者と手を組んだと言っていたが、魔者にそれだけの騎士を操れる魔法があるものなのか? 何か色々と情報が詳し過ぎる様な気もするが……。まだ、残っている騎士の中に協力者が居るのではないか?」


「……仰るとおりですな。どこからその情報が入って来たのか、再度聴取する必要がありそうですな……」


 そう返事を返した時、大きな音を立て、扉が勢いよく開けられた。


 そこに居たのは銀の鎧が大きく抉られ、その下の体、そこら中に激しい傷が目立つ騎士であった。

 その姿を確認すると国王はその者の名前を呼んだ。


「副団長アブルス・ダルドか!? 重傷を負わせられたとは聞いていたが、治療院に行っていたのではないのか!?」

 その言葉に答えるより先に、副団長ダルドが大声で叫んでいた。


「国王陛下!! その男!! レザノガードから離れて下さい!!!! そいつが団長と手を組み、騎士を殺害し、私に傷を負わせた魔者です!!」


 ダルドの叫び声で周囲の近衛兵が即座に国王の前へと出て守りを固めた。

 その動きを黙って見ていたレザノガード擬きから不気味な笑い声が聞こえて来た。


「クふふふ──。フっはは! はははははぁぁぁぁ! あーあぁ……。あと少しで国王を始末できたのになぁぁぁぁぁ。まぁ、所々わざと詳しく情報を出して反応を見ていたがなぁ!!!」


 謁見の間に響き渡るほどの音量で叫ぶと、巨大化した右腕を副団長ダルドに向けて伸ばし、潰す様に振り下ろした! 


 しかし、その動きを一瞬で見切ったダルドは横へと飛び退いた! 


 さっきまで居た場所は大きな破壊音と共に、白い床が灰色の粉砕煙を巻き上げ大きく抉り取られていた。

 ダルドは床に膝を突きつつも、言葉を返した。


「もう油断はしない! 同じ手は二度通じると思うな!」


「なるほどなぁ……。流石に20歳という若さで副団長になるだけはあるな。実力は記憶通りという訳か……」


「貴様、大臣に化けているだけではないな……?」


「化けている? フン……、そんなことオレがやるかよ。オレは外からコイツを道具にして操っているだけだ。それと同時に記憶も貰った。まぁ、当然コイツの生命力と魔力も全て貰ったがなぁ」


 そのやり取りを聞かされていた国王と大臣は驚愕しながらも、何とか言葉を絞り出していた。


「魔者よ……。貴様達の目的は何だ? 半神人ハゴットを使い神天界に戦いを挑ませ何をするつもりだ!」


「国王が仰る通り、お前達は何がしたいのだ!」

 その問いに、魔者は蔑んだ目で言葉を放った。


「大臣の記憶でディメルサの目的を言っただろう? 神天界とこのアルティミラを支配することだと……」


「それは魔者キサマタチの目的ではないだろう……?」


「いや──、違わないさ……。半神人ハゴットに戦いを挑ませ、神と天使の怒りを買い、恩恵から外れ、半神人キサマらが神天界と戦争を起こす、その隙を魔者達オレたちが突く。結果、魔者が世界を総べるきっかけとなる。どうだ、何も違わないだろう?」


 それに反論する様に大臣は、──それは全て魔者オマエがやらせた事だろう! と放った。


「それは違うぞ。ディメルサは本心でそう思っていたよ。ただ、神と天使に勝つ足掛かりが無かっただけだ。そこに、オレが【神樹の聖源セイドリース】の情報を流し、3千の魔軍を与えただけさ……上の命令でな。貴様達はオレが黒幕だと思っている様だが、ひとつ言っておく、オレ如きなどただの使い捨てだぞ。貴様達はかたの掌の上で踊っているだけだ。それにこれは、始まりに過ぎない。彼の方の考えは更なる境地に至っている」


 その場に居る全員が、魔者の言葉に息を呑んだ。彼の方と言われるその存在は、自分達が考えているよりも遥かに畏怖する存在だという事に……。

 

「もう貴様たち半神人ハゴットは戦争に巻き込まれる。そして滅びへと向かう……。貴様達が滅べば後は脆弱で下等な人間だ。支配する事は容易い。亜人どもは関わろうとしないだろうからな。それに、今さら何も出来ない。残りの騎士団は全てオレが全滅させたからな」

 

 大臣の姿を模した魔者は何の感情も持たず、淡々と半神人の戦力を消滅させた事を言った。


 それに即座に反応したのはアオグレイスであった。

 

「全滅させただと!? 残りの1千500名強の騎士をか!!」


1千500名だ……。そこまで慌てることはないだろう?」


 国王とその場に居た者達は、魔者の言葉に絶句し絶望を感じたが、ただひとり、副団長ダルドが口を開いた。

 

「神天界と戦争になれば、お前達魔者もタダでは済まないだろう! お前達にも甚大な被害が出ることになるぞ!」


「それがどうした。魔者かわりなんていくらでもいる。少しくらい減った方がいいくらいだ。そんな事はどうでもいい。半神人おまえたちが終わりだということは変わらないのだからなぁ。神天軍によってお前達は終わる。この仕組まれた愚かな戦いにその身を捧げるだけだ」

 

 魔者はそう言うと、腕だけでなく大臣の体自体が倍々と巨大化し、すでにその外見は見る影もなく光り始めた。

 その光景に、国王を含む周囲の者達は目を奪われていると──爆発するぞーーーー!! 


 早く防げーー! とダルドが大声を出した。


 だが、それを嘲笑うかのように──……もう手遅れだ! 貴様達は皆死ぬんだよ! 


 その瞬間!


「──空間隔離スイレーション……」


 その言葉が響き渡った直後──。


 爆発寸前まで膨れ上がり、光っていた肉塊がその動きをとどめ、キューブ状の空間に閉じ込められた。その行動を強制的にめられた本体は身動きひとつ取れずにいた。

 

「な、何だこれは!? 何が起こっている!?」


 それに答えるように、透き通る綺麗な声とゆったりとした足音と共に、16歳程のひとりの少女が入って来た。

 

「あなたはもう、その空間なかからどうすることもできません。身動きひとつ取らせることも……。ただ、見ることと、声は出せるようにしてあります、先程のように……」


 その声の持ち主は、胸元が少しだけ見える純白の長袖シャツと腰から下は正面が大きく開けた赤のドレスを着用し、その中にはタイトなスカートを履いていた。

 お尻のあたりまで伸びた金髪をゆっくりと揺らし、歩みを進めて来たのだった。

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