第1話 魔者優位世界 アルティミラ

 

 ──世界アルティミラ


 魔王、魔族、高位魔獣・妖魔といわれる魔者達が大凡7割を支配し、さらにその上、【魔神界ましんかい】と呼ばれるところには魔神が存在している。


 こういった中、人類は千年前の【人魔じんま戦争】に大敗を期し、それ以来というもの、不自由な生活を送っていた。


 一部は奴隷として扱われ、さらには人体実験の被験者とされる者も多くいた。その為、人間達は距離を取り暮らしていた。

 

 だが、同じ世界に暮らしている以上、全く関わりを持たないという訳にはいかなかった。


 それぞれの思惑というところがあり、魔者側・人間側それぞれに存在するギルドは、ある程度の情報を共有しており、最低限の関わり合いはあった。

 

 その大前提には、魔者全てが人間を見境なく襲うわけでは無いという事である。

 これは、魔者の上位者である魔神、魔王などによって、保護法の様なルールが決められていたからであった。


 何故なら、魔者側からすれば人間は資源であり道具なのだ。

 その為、道具を無闇に消費してはならないという訳である。


 付け加えて言うのであれば、魔者の中にも弱者、強者が存在する。

 弱者に至っては人間の冒険者よりも劣る為、その保護の意味も踏まえてのルールでもあった。


 その道具である人間達は、生きる事に強い執着をもつ。

 生死が関わると想像を逸する力を発揮する為、その生命力の価値は高く、擬似能力生成スウビリィションという方法で、これらの生命力をに変換している。


 それを、エネルギーの供給源として生活に使用したり、動力として武器や自身の身体強化といったことなど、様々な事を行なっている。


 その中のひとつ、アルティミラの南東方向に位置する【メイマ大陸】その北側に魔者の大都市【魔都まとガブラ】がある。


 そこから南西に下っていくと、人間達の都市【命都めいとサイラム】があり、メイマ大陸の3分の1を【サイラムエリア】として守護していた。


 それ以外の場所は魔者が統治する街、都市があり、それぞれに統治者とされる魔者がいた。


 その中枢ちゅうすう都市が魔都ガブラである。


 この魔都には魔都王と言われる、魔王ガーヴ・イルミスラが治めていた。

 この都市では他の街、都市以上の多くの人間が奴隷として、実験の道具として、エネルギー供給用として働かされていた。



 ◇🔹◇🔹◇



 ────《魔都 ガブラ》

 

 10メルト程の梅鼠うめねず色の高い壁に囲まれている。

 その南側には上部がアーチ状になった幅10メルト、縦8メルトはある大きな入口があり、その横には門兵が立ち、入国する者達の監視を行なっていた。


 そこを抜けると、石畳みが綺麗に敷き詰められた主要路と思われる広い路が整備されていた。


 馬車や住人、行商人が通るのは当たり前だが、中でも目を引くのは、地上30センチ程を浮いて無人で自動走行する長さ5メルト、幅3メルトの乗合いの方舟はこぶねが魔都全域の高所、低所に張り巡らされた魔力線上を定期的に走行していた。


 主要な交通手段であるこの方舟は、人間の生命力で動かされ、魔者達はその力を【隷力レイリョク】と呼んでいた。


 これは生活の一部であり、そこに暮らす者達はごくごく当たり前のことで、故障をすれば管轄に連絡を入れて修復するのである──。


 この日も、魔都の東側で方舟の不具合の報告が上がった──隷力管轄部れいりょくかんかつぶ擬魔省ぎましょうストビル】

 人年齢で30代半ば程の男が、大きな声を上げていた。

 

「おい! 東地区で魔力線が薄くなって、方舟が走行不能になっていると住人からの報告が来ているぞ! 古い人間を使ってるんじゃないだろうな!?」


「少々お待ちください──!?」



「おっしゃる通りの様です! 3ヶ月ほど前から使い続けている数人が居ます」


「3ヶ月だと!? それは使い過ぎだ! 大体2ヶ月周期で取り替えないと、支障が出ると結果が出ているだろ! 担当に連絡して今すぐ取り替えろ!! それと、まだまだ替えは居るが人間は貴重だ。狩猟にも許可が必要で面倒なんだよ。人間牧場で買うにしても割高だ……。その人間に強制剤を投与して回復基調が見えるなら1週間ほどの休暇を与えるように伝えろ! 回復が見られなかったら使い物にならないからな……その場合は処分しろ!!」


「はっ! 了解致しました!!」


「──全く、人間という者は生に執着がある割には脆弱すぎる……使い捨てができる点についてはいいがな。まぁ、そんな人間がいる事で魔者オレたちの暮らしが成り立ってるって事だが……。人間を飼育するのも大変だからなぁ……どのみちまた、大規模な〈狩猟遊戯ゲーム〉が行われて多くの人間が確保されるだろうから、それまで極力長く使用しないとな」


「管轄主任! 大変です! 武具商人組合から『武具に付与する【隷力】が足りないから準備してくれ!』と要望がありました。凡そ50体ほど必要な様ですがどうなさいますか?」

 

 この報告を聞いて、先程から声を上げている男、管轄主任は──また隷力の供給要請か! と、またしても大声で言い、頭を痛めていた。


「どんどん人間ザイコが減るではないか! やはり、闇ギルドに依頼して手に入れるか……。発覚すれば俺は罰を受けることになるのか……? 理由を話せば理解してくれるか?」


 などと葛藤していたが、保身のため諦めることにした。

 だが、先程報告に来ていた者から人間ザイコ確保の提案がなされた。

 

「では、ギルドに所属していない闇者ダーパスを使うのはどうでしょう? ギルドに所属していたら、発覚する恐れが高くなりますが、無所属となるとその確率がかなり下がり、たとえバレたとしてもその闇者ダーパスを切り捨てればこちら側に支障は無いかと……。それに、人間牧場で買い付けをするよりも遥かに安く、その上、ギルドに仲介料を払わなくても済みますし、人間側にも闇者がいるので、手に入れ易いと思いますが……」


 その提案に──そうか! その手があったか! その提案でかしたぞ! と言いあっさりその提案を受け入れた。


「よし! では、直ぐに行動しろ! 魔者の闇者ダーパス経由で人間の闇者ダーパスに依頼を出せ!! 人間は魔宝石まほうせきが欲しいのだろから、適当に見繕って渡せ! 魔者側こちらでは妖魔、魔獣、魔生ましょうはいくらでも出現するのだからな! この魔位物まなりものを殺せば手に入るだろ! まぁ多少、希少な物はあるが、人間程の価値はない!」

 

 そう指示を出された魔者は「──直ちに!」と、ひと言だけ残すと、闇者に早速コンタクトを取る事にした。



 ◇🔹◇🔹◇


 

 命令を受けた魔者が訪れたのは、主要路からかなり離れた東側の煉瓦が朽ちかけた建物の地下室だった。


 そこは、外見や地上部とは違い、よく磨かれた白い床が、壁にしつらえられた灯りを反射し、地下とは思えない程明るく照らされている広間だった。


 その奥には、アルティミラの地図が彫られた両開きの木造の扉があった。


 外見と内装の違いの差に驚きつつも、足を進め扉の奥へと入ると、黒のローブを着た3人が、長テーブルの横に置かれた椅子に腰を掛けていた。


 その中のひとり、一番奥に腰掛ける、フードの外まで伸びた横長の耳を持つ、女性と思われる者が口を開いた。

 

「いらっしゃい。ここに来たということは、人間の発注かしら?」


 その静かな声には上品さと妖艶さが窺えた。

 発注に来た者は、同姓であるこの女性の言葉に、心を惹かれながら自分の所属を告げ、人間不足で主任から指示され、50体ほどの準備をして欲しいと伝えた。

 

「あなた達も大変ね。でも……50体となると、結構大規模な狩猟を行わないといけないから、バレずに実行するのは難しいわねぇ……」


「そこをなんとかして頂けないでしょうか?」


 発注に来た女性は困った表情を浮かべながら、頭を深々と下げていた。

 

「そうねぇ……。じゃあ私の知り合いが人間牧場を運営してるの。そこから、融通してもらうとしようかしら……」


「それは困ります! 主任から牧場で買ったら高いからという事でここに来させてもらったので、牧場を通したら主任に怒られます!」


 焦って言う彼女にフードの女性は──大丈夫よ。と続けて口を開いた。


「これは内緒なんだけどね……近々、大きな人間の街で重要な計画が実行される予定だから、それと同時に人間狩りを行う手筈になってるの。だから、それで補填は出来るのよ」


「では、高くならないという事で良いのですか?」

「ええ、そうよ。だから気にしなくていいわよ」 


 その言葉に安堵の表情を浮かべると、ひと言──


「よろしくお願いします」


  そう頭を下げてその地下室から去っていった。

 彼女の姿を見送ると、フードの女性は他の2人に──そういう事だから、よろしね? などと軽く言った。


「はぁ……。全く、人間狩りの話は今聞きましたよ。まぁ作戦に便乗すれば狩ることは出来るでしょうけどね。そもそもオレ達は闇者じゃないんですけどね……」


 そう応えたのは、女性のすぐ右斜め前に座る魔族種の男性だった。それに付け加える様に更に右隣に座る男も続けた。


「まぁ、良いではないか……。ついでに見繕えば。魔者に対抗するための抗魔騎士団の者達は、この作戦が始まる前に2つの街に騎士団を配置する。俺が情報を流し、その状態にもっていく。戦力を分散する方が確保し易いだろ。だが特に作戦の標的の【物質】がある街は警戒が厳しくなるかも知れないが、そちらの方には俺が魔剣を持って行くからなんとかなるだろ」


 人間確保の話を詰めると、2人の男性は立ち上がり、発注者が入って来た入口とは逆の壁に向かい歩みを進めた。

 近づくにつれ、空間に黒い渦状の穴が開け、男性達はその中へと消えようとしていた。

 その背にフードの女性は2度目の軽いトーンで──

 

「それじゃあ頼むわね」


 と言うと、右手を軽く振り見送った。

 

 

 ◇🔹◇🔹◇

 

 

 女性は疑問を抱いていた……。


 歩みを進める石畳みに、月明かりが鈍く反射して、その疑問を抱いて眉をひそめる顔を照らしていた。


 さっきまで居た白い床とは違い、あまり光沢を持たない石畳みは、何とか彼女の表情を窺える程度までは光を帯びていた。


 その表情のまま、彼女は疑問を口に出していた。

 

「一体どう言うことなの……? 奴隷鎖は付けていなかったから奴隷ではなさそうだったし……。何で魔都ここのあの部屋に、奴隷以外の人間が居るの? 人間の闇者も居るとは聞いてたけど魔都ここではなく人間のエリアに近い側に居ると聞いていたのに……。それにあの人間のローブの下に見えたのは鎧みたいだったけど……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、歩みを進めていると、通信機に〈主任〉というと通知が来ていることに気づいた。


 それを見た瞬間、主任に報告をするのを忘れていた事を思い出すと、彼女はさっきまでの思考を終わらせて、大急ぎで主任に報告に向かったのだった。

 

 

 ◇🔹◇🔹◇

 

 

 2人を見送ったダークエルフの女性は、フードを取りその姿を現した。


 横に伸びた耳にはいくつかのアクセサリーを付け、その服装も明るめの色を使ったタイトなワンピースを着て、金色の長い髪を後ろで束ねた姿であった。


 女性は椅子から立ち上がると、もう一つの部屋へと歩き出した。

 

「先ずはこんなところね。このタイミングで闇者に用がある者が訪れるとは思ってなかったけど、上手く誤魔化せたみたいだし……。ね? 闇者ダーパスさん達?」


 扉を開けてそう言うと、そこには10数名のの闇者達が口を塞がれ、拘束されていた。


 その内ひとりの口が自由になり、自分達を拘束した女性に怒りの声を上げた。

 

「貴様!! 我々にこんな事をしてタダで済むと思うなよ! オレは音声魔法が使えるからな! 口が自由になれば貴様の様なダークエルフなど、すぐに殺せるからな!! いや……、その体を堪能してから殺してやるぞ!! ヒッヒッヒ!!」


 などと、怒鳴り声をあげている闇者は音声魔法を使えるらしく、口が自由になった瞬間に自分を含め、10数名の拘束を解くと、女性を囲む様に立ちはだかった。

 

「あら……。これは盲点だったわ。魔封の枷を付けてたけど、音声魔法だと口を完全に塞がないといけなかったわね。口内にも魔力核があるから。声に魔力を乗せて魔法を使うのだものね……」


「平静を装っても無駄だぞ! この状況で逃げられると思うなよ。貴様には恥辱を与え、もてあそび殺してやるからな!」


「何言ってるの? 別に装ってはいないわ。至って平静よ? なぜ装ってると思うの? まさか自分達が優勢だと思ってるの? 相手の力も分からないのに? 笑えるわね」


 自分達を見下し、馬鹿にした言葉を聞かされた闇者達は各々に怒りの声、卑猥な言葉を放つと、女性に攻撃を与えようとしていた。


 それを見た女性は──それじゃあ……。と静かに言い右手を挙げた。



樹葬ツフューラル……」



 その言葉と同時に手を振り下ろすと、床、天井、空間から複数の漆黒の樹木じゅきが闇者達に向かって伸びた。

 それに対抗し闇者達は樹木を消す様に複数の魔法を放ったが、一切が霧散した。

 

「!? なんだこれは!? 魔法が全く効かないだと!? 女ー! 何をし……」


 複数の驚きの声が上がったが、その言葉をも呑み込み闇者達の姿が見えなくなると、ダークエルフの女性は指を鳴らした。


 その瞬間、漆黒が霧散し、同時に呑み込まれた者達も全て消え去っていた。 

 それを冷たい目で見ると、女性は冷ややかな声で、もう居ない闇者達に言葉を送った。

 

「ごめんなさいね。私の黒樹こくじゅはダークエルフ国の御神体の力を宿してるの……。だから殆どの魔力を打ち消すのよ。この場所を貸してくれたお礼に教えてあげるわ、都合のいい場所だから……こ・こ・は。まぁ、もう居ないあなた達に言っても仕方ないけどね……ふふっ」


 その言葉を残し、自らも黒い渦の穴へと消えていった。

 

 そして、このひと月の後、ある中規模程の人間の街で計画が実行されたのである。

  




 

 

  

 

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