文芸部の日常

「なんだこの散文。誤字、脱字、用法の間違い。やる気あんのか、つか読ませる気あんのかこの駄作!!」

「先輩、先輩、抑えてくださいって」

 どーどー、と宥めても、怒り狂ったモンスターには届かない。このままでは教室を、いや学校を破壊しかねない。

 どうしよう。

「~たり、~だった、ってホントにプロかよ! ~たり、に続くのは~たりした、だボケナス!! 『おられる』だとぉ?! 校閲入ってんのか?! 中学生からやり直せ!」

 がぁ! とモンスターは火を吹いた……りはしない。一応人間だ。そんなことはできない。……いや、うん。できない。

 私は小さく息をはく。

 モンスター……ではなく我が文芸部の部長サマは今日もご機嫌斜めである。主に、その手の中にある小説のせいで。

 どっかの雑誌で大賞を取ったという本を部室に持ち込んだときは、いや、本を広げるまでは先輩の機嫌はよかった。それがどうしたことだ。読み進める度に先輩の眉は中心に寄り、三分の一を読み終える頃には眉間の皺は谷間級に。そして、半分まで終わった今、先輩はとうとうぶちギレた。

「てにをはぐらいマトモに使え! セリフで説明させんな! キャラクターの性格ぐらい統一しろ! 幼稚な表現ばっかしてんじゃねー!」

 ぎゃーすかぎゃーすか喚きつつも、最後までは(一応)読むのだから、根性はあるのかもしれない。いや、そもそも文句言うなら読むなよ。

 けど、そんなこと言えない。だって先輩だから。私は忖度できる後輩なのである。

 私はため息を飲み込んで先輩の喚きを聞き流す。

 作品を読み、罵り、貶すだけならどうにでもなるだろう。言うて口だけだから、で終わる。けれど先輩はそうもいかない。これで文章が書ける。しかも上手いのだから始末に終えない。

 部に入りたてのとき、けちょんけちょん貶された私は『だったら書いてみてくださいよ!』とキレた。そうしたら次の日には作品が上がってきたのだから驚きだ。しかも、私が書いていたものと同じような設定で、私よりも数段上手い物語を作ってきた。当て付けにしては高いクオリティで。

 ただ作品を罵るだけなら猿でもできる……らしい。評論するなら、それ相応の文章を書いてからだ、とは先輩の持論だそうだ。

 おまけに、先輩はUSBメモリを私に寄越してきた。そしてこう言ったのだ。

『それ、私が持ってても意味ないからあげる』と。中のデータは先輩の書いた物語だった。その日私に突きつけてきたものと、他に二本。悔しいことに、どれも面白かった。

 プライドをおもいっきしずたずたにされた上、家畜の餌にされた気分だった。

 芸術家は歪んでいるというけれど、あれは本当だ。先輩は厳密には芸術家でも何でもないが、性格が相当歪んでいらっしゃる。

 普通の神経を持っている人間ならば、入部して間もない後輩の心をばっきばきに折らない。私じゃなかったら、あの場で泣いていてもおかしくなかったと思う。

 いや、そもそもまともな人間ならば、作品をこうまで罵らないか。

「先輩。即売会とか絶対行ったら駄目ですよ。多くを敵に回します」

 先輩は本から顔を上げて「なんで?」と言う。本気でわかってないのか、言わせたいだけなのか。

「その調子で文章貶して、もし作者が近くに居たらどーすんですか。喧嘩になりますよ」

「え、そうかな。自費とはいえ、文章外に出してんだから、そのぐらい覚悟しない?」

「皆が皆、先輩と同じ思考回路じゃないんですよ。自分の作品に何言われても平気って人の方が稀だと思います」

 そこでふと、嫌な思考に行き当たった。

「あの、まさかとは思いますけど、先輩、作家さんに抗議文送ってませんよね?」

「はぁ? するわけないじゃんそんな迷惑行為。私をなんだと思ってんのよ」

 この人ならやりかねない、と思ってます。けど、もしかしたら抗議文じゃなくて、ファンレターという形で出してたりするんじゃないのか……?

「ファンレターも書かないよ、私は」

 ため息をついて、先輩が言う。

「見ず知らずの他人の文章直して送りつけるのなんて、ただのイタい奴じゃん」

「あ。その程度の良識はあったんですね」

「なんて?」

 きろ、と睨まれて、私は小さくなる。すいません。口が滑りました。

「あー、えと、新聞!」

「新聞?」

 とりあえず目に入ったものを口にすれば、先輩はいぶかしげな顔を向けてくる。

「そう、新聞! あの、私変な噂聞いちゃったんですけど……。先輩が新聞部の張った掲示物に赤入れたってマジですか?」

 露骨ではあるが、実際気になっていたことでもある。我ながら機転が効いたのではないだろうか。

 いくらなんでも盛り過ぎた噂だろうとは思う。だが、この人をみれば見るほど、やりかねないな、と納得しそうになるのも事実なのだ。

 先輩は一度瞬いた後「なによその噂!」と笑う。

「いくらなんでもそんなことしないって」

「ですよねー!」

「うんうん。やったのは、新聞部が作った新聞の隣に、自作の新聞(添削済み)を張っただけだよ」

「なんだ。やっぱり噂はうわさ……は?」

 なんか、変な言葉が聞こえた気が……。私は恐る恐る先輩を見る。

「自作の新聞(添削済み)、ですか?」

「そう」

 なんということだ。噂よりも数段ヤバかった。え、噂って尾ひれがつくものではないの? これ、どっちかっていうと噂の方がマイルドになってない?

「添削したんですか? 新聞部の新聞を?」

「いや、させてもらえなかったんだよ。掲示されているのを見て、このレイアウトおかしくない? 言葉の使い方変じゃない? ってことをオブラート百枚ぐらいに包んで伝えに行ったの。けど取り合ってもらえなくってさー」

 けらけら笑いながら、先輩は話を進める。そして、私のひきつった顔はいつまでも戻らない。

「直そうとしないどころか、間違ってるのを認めないから段々腹立ってきちゃってねー。新聞部の内容そのままに、添削入れたものを新聞部のやつの隣にはっつけてやったんだよ」

 若かったんだよね、私も。じゃねーわ。あんた幾つだ。目眩がしてきた。

「しかもね、面白いのはこっからでさ」

「え、まだなんかあるんですか?」

「怒った当時の新聞部部長がキレて、教師に直談判。教師が急いで新聞を剥がしたんだけど、剥がされたのが新聞部の方でさ」

「うわっ……」

「剥がしたの国語教師だったんだけど、内容読んで間違えたらしいんだよ。二重の意味で新聞部は大激怒。もー、笑うしかないよね」

 そーなんですねー、としか返せなかった。

 この場合、被害者って誰なんだろう。少なくとも先輩でないことだけは確かだ。

「その後どうなったんですか?」

「え? 新聞(本物)が掲示板に戻されて、私は反省文を書かされて終了。理不尽でしょ」

 何も理不尽な点はなかったと思う。先輩の場合は完全に自業自得だ。この人、見た目の割にやること(と発言)が大胆すぎるんだよなぁ。

 新聞部は先輩に見つかってしまったせいで不幸が起きたのだ、きっと。かわいそうに。

 そこでふと、私は思い出したことがある。うちの学校の新聞部は新年度、部活特集なる号外を出すのだ。部活の功績、取り組み、ちょっと踏み込んだ内情までを面白おかしく書き上げた新聞は、掲示板だけでなく新入生の教室にも掲示される。

 新入生に興味をもってもらう取っ掛かりとして使われている伝統ある(らしい)ものなのだが、今年はなぜか文芸部が載っていなかった。ミスかな、と思ってスルーしていたのだがまさか。

「え、もしかして、新聞部の部活特集回、文芸部の記事がなかったのって……」

「まぁ、そういうことじゃない?」

 悪びれることなく、下手人は言った。

 私は頭を抱えざるをえなかった。

 なんということだ。一番の被害者は我ら文芸部だった。新入部員の獲得に二歩も三歩も遅れを取ることになったのは、この先輩の奇行のせいだったらしい。はた迷惑がすぎる。

「どーすんですか! 来年も載らなかったら、マジで廃部の可能ありますよ、うちの部!」

「じゃ、また書くか、新聞。アンタもやるでしょ?」

「止めてください! 絶対やです! 私まで変人扱いされたら、ますます新入生が遠のくー!」

「今、さらっと私を変人扱いしたな」

 ち。耳がいいことで。

「まぁ、文芸部なんだから、文章書いてりゃ入りたい奴は入ってくると思うけど」

 期待の後輩もいるし、と先輩は私の肩を叩いてきた。私はあわてて首を振る。

「そんな。私の文章なんて駄作もいいとこで……」

「駄作って言わない方がいいよ」

 す、と先輩の表情が冷えた。

「え?」

「作者が駄作と言ったら、作品は終わりだよ。それとも何? 駄作だと思っているものを世にだすの?」

 信じられない。私は目を見張った。普段あれだけ作品に駄目だしをし、貶し、駄作だと罵っているこの人がそんなことを言うなんて。

「帯ってあるじゃん。本についてるやつ。あれに『駄作です。けどどうか読んでみてください』って書いてあったら、買う?」

 私は小さく首を振った。面白半分で手にとるかも、とは思ったが、多分買わない。駄作に時間を遣おうとは思えない。

「そういうこと。原作者の言う『駄作』って言葉はさ、作品だけじゃなくて、見初めた担当者さんとか、その本を校閲した校閲者はんとか、流通に関わってる人とか、その本を読んでくれた人とか……。その本や文章に関わった人間全てを否定することだよ」

 私の個人的な見解だけどね、と笑う先輩と顔を合わせられなかった。

 私は唇を噛む。そんなに重い言葉とは思っていなかった。駄作ですけど、よかったら……と書き添えるのは、遠慮と気遣いだと思っていたから。

 気負わず読んでほしいなと思う気持ちだったから。

「すみません」

「いや、そんなに真面目になんなくてもいいよ。で? 持ってきてんでしょ?」

「はい」

 差し出したレジュメを先輩は受けとる。そして一通り目を通した後、にこりと笑った。

「ない。目の付け所はいいけど、中身がない」

 先輩は原稿を机に置くと、おもむろに赤ペンを取り出した。そして迷いなく原稿の上を走らせる。ああ。私の努力の結晶が赤くなっていく……。いや、レジュメだから原本ではないけど、それでもなんというか……。

「ここ。接続詞が多分違う。この場合は……」

 きゅ、と赤線。

「一行空き多すぎ! そんなにころころと場面を変えるんじゃない」

 びー、と修正の印。

「あと敬語! セリフ内でわざと間違えてるならいいけど、そうじゃないならすぐ直す! その前にテキストでも使って学び直せ、恥さらし!」

「期待の後輩っていってたのにー!」

「あくまでも『期待』だわ。 任せられるわけじゃなくてその前段階!」

「わーん!」

 こうして、私の原稿はあっという間に真っ赤になっていくのだった。ぐずん。

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