滑り込み
「間に合ッ……たぁ!」
ガラガラピシャッ!……と。
教室のドアを勢いよく開け放ちながら、僕はそう叫んだ。
スライド式のドアが壁にぶつかる音と、僕の声に反応して、教室の視線が一瞬こちらに向くが、それも直ぐに霧散する。
皆、友情とやらを育むのに忙しいのだ。
「あー、あっぶな……」
そう声を漏らしつつ時計を見れば、既に朝の会の二分前。
基本、誰もいないうちから机に突っ伏している僕からすれば、腕の騒動があったとはいえ、この時刻は遅すぎるくらいだ。
流石にないとは思うが、腕のことを知られるきっかけにもなりかねない。
今後はなるべく普段通りを心がけるとしよう。
そんなことを考えつつ自分の席に着くと……
「ぃよう、どったの?伊達ちゃん。珍しく遅いじゃん。」
僕の机に、どっかと腰を下ろしつつ一人の男子生徒が声を掛けてきた。
「いや、なんか目覚まし時計が動かなくて……」
今しがた考えた適当な理由でごまかしつつ、僕は顔を上げた。
そこには黒髪ショートに黒縁スクエアのシンプルな眼鏡。
そんなありふれた特徴でこそあるものの、そのどこかからかうような笑顔が近寄りがたさを醸し出している男子高校生。
太田 陽が僕の机に座っていた。
「へぇー、そりゃ朝から災難だな。」
「まったくだ。」
そんな心にも思ってなさそうな同情の言葉を適当に流しつつ、僕たちは特に取り留めの無いようなことについて話し始めた。
今日の最高気温は三十度であるらしいとか。
陽の好きなソシャゲのメンテが終わらない……だとか。
そんな感じに、毒にも薬にもならないようなことについて話していたのだが、突然。
「あっ、そうか。朝、時間なかったってことはアレも観てないのか。」
陽は何か毛色の違うことについて話しだしたのだった。
「アレって?」
「アレってー、あれだよ……アレ……あっ!そうそう、正義マン」
「あぁ、あれね」
正義マン。
それは、割と最近に突然活動を始めた一種の快楽殺人鬼だった。
あたりにいる人間を悪と見るや、問答無用で殴りつぶし、その死体を晒すという蛮行を繰り返し行い、その被害者に感謝される。
その様をネット上に配信し、自らが正しいという実感を糧に活動を続けている……らしい。
らしいと言うのも、最後の一言は、配信上で正義マンが自ら言っていた事だからだ。
人殺しをする奴の言葉なぞ、どこまで信用できるものか。
ただ……
「ってか、正義マンって久々に聞いたよな。最後は……誰だっけ?虐待してた母親?」
そう、正義マンの自称「正義活動」は、半年前に起こった、その母親を殴りつぶした事件を最後にめっきり起きていないのだった。
だとすれば、今、何か正義マンについて報道されるとするなら別に新しい事件でも起きたのかと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。
「そ。そうなんだけどさ、今回報道されたのが一味違くて……」
そう言って、スマホの画面を俺に突き付けてくる陽。
それは個人がやっている小さなブログの様で、サイトの名前、更新された日付の後にデカデカと……
「『正義マン』は何故自◯したのか。救われた側から、その心理へ迫る」
へぇ、これは……
「自殺?」
そう特に目を引く文字を読み上げつつ、僕は概要を読み始めた。
「らしいんだよ、なんでも、自室で吊ってるのが見つかったらしいぜ?」
そうぐえーっと、首を締めるフリをして語りかけてくる陽の言葉を聞き流しつつ読み進めれば、確かに同じような内容の記述が有った。
もっと詳しくいうのなら、現場には遺言もあり、事件性は無いと警察にも判断されたらしい。
それから続きが気になったので陽からスマホを借りて続きを読んでみると、ブロガーの正義マンを擁護する様な意見が長々とつづられていた。
曰く、「正義マンが殺してなきゃ、自分が自殺していた。それを助けてくれた上、自害までして今までの罪を償うなんてまさに英雄」……だそうだ。
命を救われたと感じているだけあって、えらく神格化してるみたいだが……僕からすれば奴はただ逃げただけだ。
仮に死んだとして何の償いになるんだよ……
死刑なんていわば、この世からの永久BANと、遺族の憂さ晴らしだからな?
永久BANの側面は果たしたとしても、自害だなんて遺族の鬱憤は溜まったままじゃないか。
内心そうツッコミつつ、軽く読み流すようにして下にスワイプしていると、とある記述が目に留まった。
「ただ、かなり擁護派である自分からしても、彼はどこか不安定だったように思えます。何かに駆り立てられている様な、何かにおびえている様な……」
駆り立てられている……つまりは正義マンの『正義』は誰かに脅されて仕方なく……ということなのだろうか。
あぁ、いや、可能性はそれだけじゃないか。
なまじっか顔を出してまで殺しをしてしまったがために、引くに引けなくなっただとか。
動画の再生数に伸び悩んでもっと数を増やしたいとのぞんだか。
考えてしまえばいくらでも可能性はでてくる。
……まぁ、取り返しのつかない壊し方をしてしまった時点で、こいつの自業自得であることに間違いはないのだが……
「ありがとう、面白かった。」
そう声を掛けつつ、スマホを返せば、そりゃ何より、と、陽。
「お前の好きそうなネタだからな。今朝から暖めてきた甲斐があったってもんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます