第6話 ファーストコンタクト

『Yo‼︎ お嬢ちゃんよくここに

 既に十二分の

 処刑の時刻になるぜ

 フィメールラッパーここで成敗!


 ダリダリ参 頂く優

 壇に上がったからには優

 目指す頂点

 残念だけどお



『初、参戦NUTZナッツと申し

 以後お見知り置き ダリさん退き

 蹴ってパンチライン

 おうち帰るのアンタの方さ


 1バース目から言ってる

 なんだか全然

 私たち交える

 !』



『エンジンかけるの遅すぎ

 歓声湧いたがその

 どっちの韻が高ぇ

 見てみろBURST俺


 好きにはさせないフィ

 でもは送るぜ

 !俺のがまじ半端ねえ!

 優勝頂くダリダリだぜ!』



『どいつもこいつもフィメールに

 ないスキルしちゃうね

 どうせならやってあげようか

 アンタ負けるよスタミナ切


 ライムもフローも一

 じゃこの先

 私にゃ勝てない

 アンタは私に言う



『終了〜‼︎』


 彼女に見惚れていたら、いつの間にやら終わってしまったらしい。

 どっちが勝ったのか、わからない。

 このバトルには本当に台本がなく、その場で言葉を弾き出しているということにも驚きが隠せない。


『判定聞いてみましょう!先攻ダリダリが良かったと思う人っ!』


 MCが問いかけると何人かの客が手を上げ、ワーと声を上げる。

 隣にいた閑井しずいの仲間がレクチャーしてくれる。


かなでちゃん。次MCがコールしたら手と声をあげるんだぜ。その声がNUTZを勝ちに導くからな!」

「えっ、は、はい!」


『うんうんOK!後攻NUTZが良かったと思う人っ!』


 奏も必死になって声をあげた。

 これが評価となり、勝敗が決まるのだ。

 夢中で、楽しくて、結果が待ち遠しい。


『おお!勝者、初参戦、NUTZ〜〜‼︎ダリダリ、一言あれば』

『あざした』


 どうやら、閑井が勝利したようだ。

 奏も自分のことのように嬉しかった。


「やった‼︎」



 大会は終了し、彼女は準々決勝まで進んだが惜しくも敗北してしまった。

 ベスト8といういかにもな称号と彼女のラップスキルを見て、奏は衝撃を受けた。

 そして何よりその音楽性の高さから、軽音楽部に入部してほしいという気持ちがさらに高まった。

 ライブハウスの外でまた勧誘する。


「やっぱり君しかいないんだよ!お願い!」

「何がですか」

「バンドだよ!やろうよ!」

「だから、バンドは組みませんってば。しつこいですよ」


 すると閑井の仲間の男がこう言った。


 「ははは!残念だけどコイツは天地がひっくり返ろうともバンドは組まないぜ?昔バンドメンバーとヤりあったからな」

spinスピンくん、余計なこと言わなくていいから」

 「お、おう。ごめん」


 閑井のことを何も知らない奏は、興味で聞いてみる。


「やりあったって…どういうこと?」


 が、話を広げたくないようで、閑井がその場を去る。


「帰る」

「え、あっ、ちょ、閑井さん待ってよ!あ!皆さんありがとうございました!楽しかったです!」

 「おー」

 「また来いよ〜!」



 すっかり帰りが遅くなってしまった。

 夜中なのに明るい都会の街を歩く。

 帰り道、閑井が急に喋り出したと思ったら、それは自身の過去についてだった。


「………私がバンドを壊したんです。周りに合わせられなかったから」

「壊した…そう、だったんだ」

「元々人といるのは向いてないんです。ずっと、やりたいことをやって生きてきたから。だから今は一人で、ライブやってるんです。その方が楽ですし」


 たんと喋る彼女の声はどこか寂しそうにも感じた。

 だから奏は、彼女に対して思ったことを包み隠さず伝えた。


「…すごいよ」

「はい?」

「閑井さん自身、やりたいことがハッキリしてるから、迷いがない。バンドを断ったのも、自分がやりたいことを最優先にしてるから、そう思えるものがあるっていうのが、すごいなって」

「…そんないいもんじゃないですよ。私、勝手なんで。誰かといたらその人を困らせます」

「私、閑井さんが羨ましい。自分のしたいことをしたいって言えるの、カッコいい」


 奏は無神経に閑井を誘ってきたが、今一度理由を聞いてしまうと申し訳ない気持ちが湧いて出た。


「ごめんね、閑井さん。しつこくしちゃって…もう、バンド誘ったりしない。もう…教室にも行かないよ」

「……」


 閑井が何か言いかけた時、そこにとある女性が現れた。

 グレーに染めた短髪でイケイケな、カースト上位に位置しているような女性。

 奏はその姿に、驚きを隠せない。


「あっ…や…弥子やこ、先輩…」

「?」


 奏と去年同じバンドを組んでいた中谷弥子なかたにやこだった。

 奏が他の人間と一緒に行動しているのを見て、弥子が奏の過去を引っ張り出す。


「久しぶり。またバンド組むんだ?アンタって、なのにね」

「ぁ…」


 奏が言い返せないその間に、弥子は去って行った。

 立ち去る弥子の背中を眺め、閑井が言葉を漏らす。


「………なんですか、あの人」

「弥子先輩…」

「ライブの時あんな人いました?」

「もう卒業してる。三年生だったから」

「ふうん…ワンマンって?」

「え…あ…いや…」


 言葉に詰まる奏を見るも、閑井はそこまで興味がないのか立ち去ろうとする。


「し、閑井さんっ?帰っちゃうの?」

「はい。疲れたので」


 しかし奏はこのまま終わりたくなかった。

 なぜか咄嗟とっさに、"話を聞いてほしい"と思った。

 奏は勇気を出して、閑井にお願いをする。


「閑井さん…時間、作ってほしい」

「はい?」

「聞いてほしいの、弥子先輩と私の話」


 閑井としては、聞いてやる義理もない。


「…なんでですか?」

「………閑井さんに話したら、その…」

「……」

「勇気が出る、気がして」

「私には関係ないですから」


 奏は閑井の腕を掴む。


「お願い…っ!」

「辛かったですね。お気の毒に」

「聞いてほしいの!お願い!」


 こうなると意地だ。奏はどうしても彼女に訳を聞いてほしかった。

 しかし閑井は奏の腕をするりと抜けて歩いていく。


「あっ………」


 去ってしまうかと思えたが、彼女は立ち止まりゆっくり振り返る。


「家近いんですよね?」

「え?う、うん…でも、どうして?」

「帰りのBGM代わりに聞いてあげます」

「…!いいの?ありが………ちょちょ!待ってよぉ!」


 無愛想な閑井だったが、奏の話を聞いてくれるようだった。

 帰り道、奏は去年の話を始めた。

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