第7話 癒えない、言えない

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 この学校に入学した私は、先輩たちの歓迎ライブを観て、入部を志した。

 ベースをかじっていた私は、先輩に勧誘され、一つのバンドのメンバーとして席を置く。


 自信に満ち溢れたバンドのリーダー、ギターボーカルの中谷弥子なかたにやこ先輩。

 少し太った明るい先輩、ドラムの陣ノ内大地じんのうちだいち先輩。

 そこに眼鏡をかけたオタクっぽい男の子氷川秀真ひかわしゅうまくんと私が、ベース候補としてメンバーとなった。


 なぜポジションが被ってしまうのに、ベース候補を二人も入れたのか、最初はわからなかった。

 一つのバンドにベースが二人なんて、あまり聞いたことがないからだ。

 すると弥子先輩が、私の能力を見計ってこんな提案をした。


「実はね、柚原ゆはらさん」

「はい」

「悪いんだけど、あなたにはボーカルをやってもらいたくて」

「えっ⁉︎ボーカルですか?」


 弥子先輩の提案に、大地先輩が疑問を抱く。


「え?おい弥子。かなでちゃんも秀真と同じでベースが弾きたくて…」

「わかってる。でも、柚原さんと話した時に柚原さんの可能性を感じたの」

「…可能性」

「だから、みんなでカラオケいこう!」

「「「えっ」」」

「柚原さんの歌声が聴きたいな」



 ベースを弾くことも好きだったけど、歌うことも好きだった。

 でも人前で歌を披露したことなんてなかった。

 カラオケで私は緊張したけど、メンバーのみんなが褒めてくれて、ボーカルを担当することに抵抗がなくなった。


「やっぱり。柚原さんいい声してると思ったんだ」

「そんな…ありがとうございます」

「ベース、出来なくてごめんね?」

「いえ。弥子先輩のおかげで、ボーカル頑張れそうです!」


 無事、正式にボーカルをすることになった。

 そして何度も練習し、順調に学園祭のライブへの準備を進めていった。





 月日が進み…10月の学園祭。

 軽音楽部がライブをするのは、毎年の恒例行事だ。

 そこで初めてのライブに臨んだ。


 弥子先輩は、去年もかなりレベルの高いパフォーマンスを披露したようで、今年も弥子先輩を見ようと学園祭は大盛況だった。


 うちの学校では、4月の歓迎ライブが終わった後にバンドの人気投票が行われる。

 そこで一位に輝いたバンドは、学園祭で一番目立つ、トリを担当することができる。

 弥子先輩のバンドは一位だったから、私たちはトリ。


『さぁみんな!あたしたちがこのライブのトリだよ!まだまだ盛り上がっていけるかー‼︎』


 この新生メンバーでの初めてのライブは大成功に終わった。

 中でも弥子先輩と私のツインボーカルは人気があったらしく、かなりの注目を浴びた。

 私はこのバンド活動が、楽しくて仕方なかった。


 でももうこの楽しい時間も、もう少しで終わってしまう。





 10月の末に行われた学園祭。その熱がまだ冷めないうちに、今年三回目のライブが行われる。

 12月。二学期の終わり。冬休みに入る前。そしてこれは、三年生にとっての卒業ライブ。

 これが現メンバーでする最後のライブだ。



 しかし、事件が起きた。



 今回のライブは、少し趣向を凝らし、変わった構成になっていた。

 一曲目はギターボーカルの弥子先輩と、ドラムの大地先輩、ベースの氷川くんの三人での演奏。

 私は二曲目から参加し、弥子先輩とのツインボーカルという構成だった。

 お客さんを楽しませるために、弥子先輩が提案したものだった。


『みんなー!久しぶりー!今日も盛り上がっていこー!』

 

 すぐに演奏は始まり、三人の演奏で館内のボルテージが上がる。


 一曲目が終了すると、弥子先輩が私の名前をコールし、私はステージに出る。

 こんな中で登場するのは緊張するが、弥子先輩が盛り上げてくれた会場は更に大盛り上がりを見せた。

 私は、有名人にでもなった気分だった。


 その勢いで演奏は始まり二曲目も無事に終わった。


 歓声が鳴り止まなかった。


 『『ユハラ!ユハラ!』』

 『奏ちゃーん!』

 『サイコー!』


 私の名前を呼ぶ声が、たくさん聞こえる。

 楽しくて楽しくて、私は心から、"軽音楽部に入部して本当に良かった"と感じた。


 それも束の間、弥子先輩がこう言った。


「じゃあ、頼んだよ柚原さん!」

「えっ?」

「はい、ギター」


 弥子先輩の退場は予定になく、ギターも渡される予定はなかった。

 弥子先輩がコールし、ステージを去っていく。


『残りの曲も、楽しんでね。では!』


 粋な演出だと盛り上がる館内。

 それとは対照的に、私たちメンバーの肝は冷え、血の気が引いていくのを感じた。

 私は、ギターなんて弾けるはずもなく、何より困惑しすぎて、動けなかった。

 氷川くんも困惑しているようだった。


「お、おい柚原。どうなってんだ?」

「わ、わからない…」


 大地先輩も、弥子先輩がステージを去ったことに焦っていたようだった。


「おい、弥子‼︎………クソッ…一年!とにかくここはやるしかねえ!」


 咄嗟に氷川くんが提案をする。


「柚原!俺にギター貸して。ベース、弾けるんだろ?」

「えっ…でもっ」

「いいからやるしかねえ、ギターならなんとか弾くから!」

「…わかった」


 三人しかいないなら、三人で演奏するしかない。

 ギターを代わってくれた氷川くんの為にも、ここはやるしかなかった。

 アンプで大きな音が会場に響き渡り、熱気が戻った。

 歓声も大きく、観客の期待の眼差しが突き刺さった。


 私たちは観客の期待を裏切らないよう、せめて一曲だけでもこなそうと、三人でも出来そうな曲をその場で考え、演奏することにした。

 曲を必死に奏で、歌った。


 歌っている時だけは集中できた。

 どうしてこうなってるのかなんてのも忘れられた。

 必死でベースを鳴らして、大地先輩と氷川くんと音を合わせる。

 合わせられていたかどうかも、わからなかったけど、ただただ必死に、やり遂げた。



『ありがとうございました!』


 もう数曲はやるはずだったライブも、こんな状態で続けられるはずもなく。

 一先ず、機材トラブルということにして、私たちはステージを去ることにした。


『ごめんなさい。機材の調子が悪いみたいなので、私たちの出番はここまでになります』


 会場は再びざわめいた。


『ありがとうございました!……今日は三年生の最後のライブでした。ここまで引っ張ってくれた先輩方に感謝したいと思います。ありがとうございました!…あ、この後もまだライブは続くので楽しんでください!では!』


 私たちはライブステージを後にした。

 拍手は起こっていたが、即興の演奏の質の低さからか、先程の盛り上がりはどこかに消えてしまっていた。

 次の演奏をするバンドの子は怒っていたけれど、それどころじゃなかった。


「おい柚原!機材トラブルってどういうことだ?」


「ごめん!大丈夫だからそのまま演奏して!」


「は?意味わかんねェよ!おい!…んだアレ」

「奏ちゃんすごく焦ってたね。何かあったのかな」

「知らねェけどこっちは出番早まって困るっつの!ふざけやがって」



 私たちはすぐに部室に向かった。

 思った通り、弥子先輩は部室にいた。

 大地先輩が怒りながら、弥子先輩に詰め寄る。


「弥子、どうしたんだよ急に」

「うるさい」

「ッ…お前なぁ…!」

「ほっといてよ!」


 何が何だかわからなかった。

 私はその真相を知るべく、弥子先輩に声をかける。


「あ、あの…弥子先ぱ…」


 突然、胸ぐらを掴まれる。


「「⁉︎」」

「やっ…弥子先輩⁉︎」


 弥子先輩は震えながら、泣きそうな表情で私に言った。


「あんたが歌うから…あたしは…」

「弥子先輩…………苦しッ…」

「あんたが歌うからいけないんだ!こんなんで楽しいわけない!楽しいわけないでしょ⁉︎」


 私はその意味をすぐに理解した。

 私のパフォーマンスに、弥子先輩は気分を害したのだ。


 その後弥子先輩は、部室から立ち去った。


「あいつどうしたっていうんだ…おい、奏ちゃん、しっかりしろ!」

「おい柚原大丈夫か⁉︎」

「奏ちゃん!」


 頭を整理する余裕もなかった。


 私はそのまま、気を失った。



 目覚めると見慣れない天井。


 周りを見渡すと、学校の保健室のようだ。

 全て夢だったら良かったものの、記憶はしっかり残っていて苦しくなった。


「ぅ………うぅ………ぐすっ…」

 

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