第5話 彼女はビーガール

 後日、かなで閑井しずいのことを諦めきれないのか、ついには彼女のクラスにまで訪問した。


 放課後 1年C組


「閑井さーん!」


 この学校は学年でネクタイと上履きの色が変わる。

 赤いネクタイの一年生たちは、青いネクタイの二年生が教室に現れ、ざわつく。


 「えっ、誰あの人」

 「二年生だ…すっごい綺麗」

 「あれ?もしかして、ライブの人じゃない?」

 「あ!そうだ!歌ってた先輩だ!」


 荷物をまとめた閑井がめんどくさそうに席を立つと、奏の元に渋々近寄る。


「…あの、先輩」

「うん?」

「やらないって言いましたよね?」

「そうだけど…あんなに…あっ」

「?」


 奏は彼女のライブをこっそり観ており、その実力はわかっていた。

 ただ半分ストーカーのような不純な動機で観に行ったことを、言えるわけがなかった。


「えっと…どうして組みたくないの?理由だけでも知りたいな」

「一人でやりたいんです。てか用事あるんでもういいですか?」

「あっ。待ってよ閑井さん!」


 どうしてか問い詰めようとするも、彼女は教室を去ってしまう。

 納得のいかない奏は膨れるも、去って行く彼女の後を早足で追いかける。


「ねぇ待ってよ!」

「来ないでください」

「理由、教えてくれてもいいでしょ?」

「人のプライバシーを暴こうなんてサイテーですよ。私にも色々あるんです」

「だってライブすごかったし!あの技術なら絶対…」

「…ライブ?」

「あっ…」

「…観たんですか?」

「…うん。カッコよかった、です…」


 勝手に口を滑らせた奏は、入学式の前のライブを観戦していたことを白状した。


「…キモ」

「…ゴメンナサイ」


 ドン引きされたが、自業自得だ。



 帰り道は閑井について行き、ぎこちないながらも会話を振り続ける。


「きょ、今日もライブするの…?」

「さあ」

「教えてよ〜」


 すると彼女が立ち止まった。


「家にまで入ってきたらマジで通報しますからね」

「えっ…あっ、ここ、閑井さん家?私の家と結構近…」


 奏の言葉を聞くことなく、彼女は強めに扉を閉めて家へと入っていく。


「…怒らせちゃった、かな」



 しばらく家の外で待ってみると、彼女が着替えて出てくる。

 キャップにパーカーに黒パンツ。女の子にはゴツい大きめの靴を履いた、いわゆるB-BOYビーボーイファッションで、男っぽい服装だ。


「うわぁ…!カッコいいね!」

「まだいたんですか」

「お願い!私どうしても閑井さんとバンドやりたいの」

「……」

「無視⁉︎」


 閑井はついに奏を無視するようになり、奏が必死に横で話しかける。

 そんな状態のまま、閑井が無言でとある場所に向かう。

 到着したのは、前とは別のライブハウスだった。


「やっぱりライブだったんだ!ねぇ、観ていいよね?」

「どうせ観るなって言っても観るじゃないですか。

「うっ………まぁ、そうだけど…」

「でも、今日は歌うわけじゃないですよ」

「え?あ、お客さんとしてってこと?」

「……」

「また無視⁉︎」



 今回もまた小さいライブハウスだったが、前とは客層が全然違っていた。

 イケイケの男たちが大勢おり、奏は萎縮いしゅくする。


 「ようNUTZナッツ!」

 「久しぶり〜!元気してたか?」


 男たちは閑井を見るなり、"NUTZ"という呼称で称えていた。


「なっつ…?」


 そういえば閑井を初めて目にした時も、そう自己紹介していたことを思い出した。

 "閑井なっつ"だなんて変な名前だな、なんて頓珍漢とんちんかんなことを考える。


 閑井が奏を男たちに紹介する。


「この人私の先輩。多分だから一緒に観戦してあげて」

 「おう、任せとけ」

 「勝てよ、NUTZ!」


 演奏するわけでも歌うわけでもないのに観戦しろとは、言葉の意味はわからなかったがとりあえずその人らと開演を待つことにした。


 しばらく待つと、突然マイクを通した大声が響く。


『さぁ始まりましたSUPER HYPER MASTER MC BATTLE in 赤輪あかわ!お客さんもデカい声出して盛り上げていこうぜ!初参戦のラッパーも多く出場してる今大会!優勝者には賞金も出るぜ!司会を務めるのは私MC MAXX 2nd!』


 MC BATTLEというものは、DJのかけたトラックに合わせて二人が完全即興のフリースタイルで対決するというものだ。

 フリースタイルとは、言葉でいんを踏んでライムをしたり、リズムに乗ってフロウをしたりなどして観客を盛り上げる、エンターテインメントのようなものだ。


 客は良かったと思う方に手と声をあげて、その票数で勝敗を決定する。

 バトルはトーナメント制で、勝ち進んで頂点に立つことや、爪痕を残し知名度を上げることを皆目的としている。


 今回閑井が参加したのはラップバトルだったのだ。


『最初のカードはコイツらだ‼︎赤コーナーNUTZ‼︎青コーナーダリダリ‼︎』


 すると、閑井の姿がステージに現れる。


「うそっ…閑井さん…!」


 バックにいるDJがバトルで使用するビートを流す。

 有名な曲なのかどうなのかはわからないが、周りの観客たちは曲がかかると大きく声を上げ、盛り上がる。


『ナイスDJ!先攻後攻決めるジャンケンをしてくれ!』


 ジャンケンに勝った方が、先攻か後攻か選ぶ権利を得る。

 基本的には相手の言ったことを返すことのできる、後攻が有利とされている。

 NUTZが勝ち、選んだのは。


『後攻で』

『OK!先攻、ダリダリ!後攻、NUTZ!8小節2本!準備はいいかー?』


 会場全体が盛り上がり、奏は圧倒される。


『EY』

 『EY YO!』

『ア、ア、yeah, yeah』

 『AH-HA!』


 両者がマイクチェックをし、司会者がそのまま続ける。


『よっしゃ行くぞ ?Ready………Fight‼︎』


 スクラッチが入り、その戦いは突然始まった。

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