第4話 二律背反

 翌日、かなでのいる2年B組には人だかりができていた。

 昨日の軽音楽部での奏のパフォーマンスに惚れ込んだ男子たちが大勢押し寄せている。


 「柚原ゆはら!俺と付き合ってくれ!」

「え、えと…ごめん、誰だっけ…?」

 「なっ…」


 負けじと他の男子も続く。


 「オイオイ名前も覚えられてねえのにしゃしゃんなよ。柚原さん、こんなヤツより俺なんかどう?」

坂田さかたくん…うーん…あんまり坂田くんのこと知らないし」

 「これから知っていけばいいよ。付き合おう」

「…ごめんなさい」

 「ガーン…」


 まだまだ続く。


 「柚原さん!僕はどうかな?僕も音楽好きだし、きっと柚原さんのこと楽しませられるよ」

野田のだくん…ごめんね、タイプじゃない、かも」

 「えぇ…そんなぁ…柚原さんのタイプってどんな人?」

「えっと…」


 すると同じクラスの春霞はるかが奏を護衛する。


「おいお前らぁ、奏がかわいそうだろ?去年までなんとも思ってなかったくせに、ライブした途端に押し寄せてくんな」

 「だってよぉ矢田やた。柚原は去年は成績優秀なS組だったじゃんか」

 「高嶺の花だったんだぜ?それが今年は同じクラス…ぐふふ」

「はぁ…お前らなぁ」


 しかし春霞の演奏する姿もファンの心に刺さったのか、春霞には大勢の後輩女子たちがなだれ込む。


 「春霞先輩!昨日の演奏すごくカッコよかったです!」

 「痺れちゃいました〜!」

 「私も軽音部入りまーす!」


 それに応えるように爽やかな笑顔を振りまく。


「お、ありがとう。放課後に軽音楽部の入部会あるから是非来てよ」

「「「キャ〜〜‼︎‼︎」」」



 放課後、軽音楽部の入部希望者が部室にずらっと集まり、"入部会"が始まった。

 昨日の演奏を見て入部を志した者たちが大勢だ。

 春霞はその賑やかさに興奮している。


「うむ。そこそこの数だな。どんなバンドができるか、楽しみだ…!」


 はなと春霞にとってはこの入部会は初めての集まりで、はなは疑問を呈する。


「奏ちゃん。これってどういう集まりなの?」

「あ、そっか。春霞とはなは初めてだったね。これは新しいバンドメンバーを決める集まりなんだ」


 既存の部員と新入部員たちが話し合って、新生バンドのメンバーを決めることがこの入部会の目的だ。

 "元々バンドが完成しているところに、新たに部員を入れて組む"のか、

 "新たに始める人だけで組む"のか、はたまた、

 "バンドを一度解体して新たに組む"のか、やり方は様々だ。

 春霞はこのメンバーを崩したくないという思いのようで、はなもそれに賛同する。


「私は奏とやりたいから、新入生入れるのがいいと思うなぁ。ポジションは縛られちゃうけど」

「私も春霞ちゃんと同じ気持ちね。そうなると、必要なのは何かしらね?」


 奏は改めて必要なポジションを考えた。


「うーん。音のクオリティを上げるならサイドギターやキーボードとかかな?楽器隊は一応揃ってるし、ボーカル志望とかも入れても良さそう」


 その提案に、二人は乗らず。


「そうかしら?ボーカルは奏ちゃんでいいと思うけど」

「そうだな。奏の歌がないと始まらないしな!」


 バンドの楽器隊にも様々な種類がある。

 主旋律を奏でるギター。

 リズムを保つ土台となるベースやドラム。

 音の厚みやアレンジを加えるキーボード。

 そして曲を歌い上げるボーカル。

 ボーカルなんかは目立つポジションの為、一番人気が高かった。



 しばらくすると顧問の先生がやってきて場を仕切り始める。


「お、今年は…多いね、ざっと三十人くらいかな?顧問の長谷はせです。あんまり顔は出せないけど、よろしく」


 こうして入部会が始まり在学生の自己紹介から始まった。



「副部長の柚原奏ゆはらかなでです。まずは皆さん、入学おめでとう。そして入部会に参加してくれてありがとう!今はベースとボーカルをやってます。一年生のみんなは入学したてで不安なことも多いかもしれないけど、部活では羽を伸ばして楽しく活動してほしいなって思います!よろしくお願いします」


箕川みのかわはなよ。いい貴方たち?部活はお遊戯会じゃないわ。この学校は軽音楽部の活動に力が入ってるの。一年間で演奏する機会が三回もある、これがどういうことかわかる?甘っちょろい演奏をしたらそれだけで泥を塗る行為ってことよ。せいぜい気を抜かないでちょうだい」


矢田春霞やたはるかっす!こんなに入部希望がいるなんて嬉しいぜ、みんなよろしくな〜。私はギターをやってるんだけど、まだ楽器初めて日が浅いから教えられることは少ないかもしれん…逆にみんなに教わるかもしれないからよろしくな!みんなで頑張っていこうぜ!」


 在校生の自己紹介は終わり、三人は新入生の自己紹介を聞いていた。


 そんな中で奏は人影の中でとある人物を探した。

 しかしそこにはその姿はなく、少し落ち込んだ。

 はなが小さく声をかける。


「彼女、いないわね」

「…うん。入部しないのかな」

「きっと忙しかったのよ。落ち込むことないわ」


 探していたのは赤髪の一年生閑井しずいだったが、見当たらない。

 それだけ目立つ人物がいたらすぐに気付くだろう。



 自己紹介も終わり、しばらく部員間で何の楽器が出来るのか、ポジションをどうするのか、どの先輩と組みたいのか、そんな話が宙を飛び交っていた。

 後輩の新入生たちも奏たちの演奏に惹かれ、入部を志した者も多かった。


 「私!柚原先輩の演奏を見て入部を決めたんです!」

「…そうなんだ!ありがとね」

 「僕もボーカルには自信があって…先輩、良かったら僕と一緒に歌いませんか?」

「あ、うん…ありがとう。みんなと話してみて決めるね!」


 そんな奏の様子を見て、春霞とはなは会話を弾ませる。


「奏のやつ、モテモテだな」

「やっぱり奏ちゃんの歌はみんなの心に響くのね」

「でも…なんか、不安そうな顔してんな」

「やっぱりあの子と話したいんじゃないかしらね」

「あー。シズイさん?だっけ?」

「そう。奏ちゃんのあの酷いポスターしっかり見てくれたのも彼女だけだったもの」

「もう結構時間経ってるし、入部しないんじゃないかな」

「残念ね。奏ちゃんずっとあの子の話しかしてなかったのに」


 すると奏がこちらに戻ってきた。


「今年はたくさん入部してくれそうで嬉しいね!」

「二年のくせにしっかり副部長だな」

「だって先生が勝手に決めたんだもん。三年生だっているのに」

「それだけあなたの学内の評価が高いのよ。私も先生の立場ならそうするわ」


 奏が暗い表情で答える。


「でも私、のに…」

「いや、あれは奏のせいじゃ…」



 入部会は終了したが、最後まで閑井の姿はなかった。

 奏はどうにも閑井のことばかり考えていたようで、入部会でも上の空だった。


 結局、春花奏しゅんかそうは新メンバーを加えず、三人での活動を続けることになった。

 春花奏を目的としていた多くの部員候補たちはガッカリしたように入部を取りやめた。

 三十人ほどいた新入生だったが、その中で半数だけが入部した。

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