第2話 印象、ヘンな先輩

 入学式の少し前、新入生歓迎の準備をするために登校する生徒がちらほら。

 軽音楽部室で突然大きな声をあげたのは、次期二年生にして既に軽音楽部の副部長を確約されているかなでだった。


「…出来た!」

「「?」」

「可愛いでしょ?ギターのキャラクター描いてみたんだ!」


 容赦なく意見しようとしたのは茶髪でおでこを出した、バンドメンバーの箕川みのかわはな。


「これはひど…むぐっ」


 一緒にいた部員がそれを察して咄嗟とっさにはなの口を押さえる。

 奏のフォローに回ったのは黒の短髪高身長女子。男勝りな彼女は女性だがズボンを履いている。同じくバンドメンバーの矢田春霞やたはるか


「…い、いいんじゃないかな!独創的で!」


 この三人が何をしていたかというと、歓迎ライブの宣伝ポスターを作っていたのだ。

 宣伝ポスターは至る所に張り出され、ライブの開催を大きくアピールするのだ。

 しかしそこには、理解不能、説明不能のが描かれていた。

 自信満々に見せびらかす奏に、二人は苦笑いを隠しきれなかった。






 ついに新学期を迎え、辺りでは着慣れないグレーの制服を身にまとった新入生たちが初々しい空気を漂わせる。


 奏も二年生となった。

 軽音楽部である彼女は、毎年恒例の"新入生歓迎ライブ"のポスターを廊下に貼り出し、新入生の興味を促した。

 この学校ではと過多なライブ活動に追われることとなる。

 そのスタートを切るのがこの新入生歓迎ライブだ。



 入学式を終え、教室に向かう新入生たち。

 その通り道、禍々まがまがしいオーラを放ち誰も近寄らないポスターがあった。

 それは、奏が制作したポスターだ。

 お世辞にもまともなポスターとは言えず、奏の残念画力が満遍まんべんなく発揮されている。

 重ねて言うようだが、そこには理解不能、説明不能の"ギターのようななにか"が描かれていた。


 その様子を遠くで二つの人影が見ていた。

 ポスターを作った張本人の奏とメンバーのはな。


「どうして皆見てくれないのかな」

「なんででしょうね」

「やっぱりギターだけじゃなくてベースとドラムも描くべきだったのかな⁉︎もっとワイワイしてた方が楽しそうだもんね?」

「そうなんじゃない?」


 などと出口のない迷路のような会話をしていると、ひとりの新入生が足を止めた。

 どこかで見覚えのある、女の子。


「あれ…あの子…」

「知り合い?」


 髪を赤色に染め、制服を着崩し、ヘッドホンをしている、なんとも生意気そうな新入生。


「なにこれ…キモ」


 ボソッと漏らすも、内容を黙読した。

 新入生歓迎ライブが翌日に開催されるという。

 彼女は"観てみたい"という気持ちと"こんなポスターを描いて平然と貼り付ける部活で大丈夫だろうか"という不安な気持ちがせめぎ合った。


「観に行くのやめようかな」


 ポスターのあまりの破壊力に、集客効果を上げる役割のはずが逆効果であった。


 そんな中、奏とはなはポスターを見てくれている新入生に釘付けになっている。

 それに願ってもいなかった、会話をするチャンスだ。


「あの時の子だ…!ねぇ!あれ見てくれてるよね⁉︎」

「本当だわ。とんだ物好きがいたものね」

「ちょっと声かけてくる!」

「ちょっ!奏ちゃん⁉︎」


 皮肉めいたはなの言葉を気にも留めず、奏は動き出した。

 ポスターに関心を持ってくれた新入生に、胸を躍らせながら近づく。動機はそれだけではないが。

 近寄ってみると、やはりその綺麗な横顔に見惚れてしまう。


 それに気づいた新入生が、ぺこりと軽くお辞儀をする。

 数日前に目が合ったが、向こうは覚えていないようだ。

 奏は何か声をかけようと思っていたが飛んでしまい、その場で言葉を考える。


「あっ………ね、ねぇ!軽音楽部、興味あるの?」


 なぜか動揺してしまい、挙動不審きょどうふしんに会話を進める奏。


「…このポスター、軽音楽部ですか?」

「うん、そうなの!えっと…新入生だよね。ライブ、良かったら観てってよ」

「ふうん…」


 しかしこんな美人な先輩が、こんなポスターを嬉々として貼りつけているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 彼女は一つ決心を固める。


「よし」

「来てくれる?」

「ご縁がなかったということで」

「え⁉︎待って待って!興味あるんじゃないの⁉︎君、音楽好きでしょ⁉︎聴いてってよ〜‼︎」


 奏は立ち去ろうとする彼女の腕を掴む。


「お願い!ちょっと観るだけでもいいの!」


 なぜそこまで全力で引き止めるのか、謎は深まるばかりだったが、元々ライブを観ようと考えていた彼女は奏の願いを聞き届けた。


「…ま、いいですよ。元々行く予定でしたし」

「ホント⁉︎あ、そうだ…君、名前は何ていうの?」

閑井しずいです」

「閑井さんだねっ、待ってるから!」


 ライブへの勧誘という目的を果たし満足気な奏。

 すると閑井が奏に物申す。


「あ、そうだ」

「?」

「このポスターはやめた方がいいと思いますよ」

「どうして?」

「可愛くないので」

「嘘ぉ⁉︎頑張って描いたのに!」

「えっ…コレ先輩が描いたんですか…?」


 信じられなかったが、この美人な先輩がギターのような奇怪きっかいなキャラクターを生み出したという事実に、苦笑いを隠しきれなかった。

 そして本人には、これが禍々しいモノだという自覚がないのだ。


「どうしたら可愛くなるかな?」

「さあ。無理じゃないですか?」


 話ついでに、奏は閑井を部活に勧誘した。


「そうだ、閑井さん!良かったらバンドやろうよ!私たちと一緒に…」

「やりません」

「え」


 あまりにたんと言われたもので、奏も言葉を失う。


「先輩が悪いとかじゃないんです。私、もうバンドは組まないんです。ライブは楽しみにしてますよ」

「あっ…」


 そのまま立ち去ってしまい、奏は不思議そうにした。


「なんでバンド組まないんだろう。あんなにベースも歌も上手かったのに…」


 閑井も一人、ボソッと感想を漏らした。


「…ヘンな人」

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