第39話 回想者アルフォンス

 私の名はアルフォンス。ここ最近はとても静かに暮らしている。


 今日はとても天気のいい日だ。空はとても青かった。近くの農村の直売所で、野菜を購入してきた帰り、家近くの海沿いを歩く。


 時々海から珍しいものが流れ着くのだ。それを元に魔道具などを作成して、行商人に売ってお金を得ることができる。ささやかな収入源だが、一人で生きていく分には何の問題もない。


 そういえば、流れ着いた彼を助けたのもこの辺りだったか。


 砂に埋もれるようにして、傷だらけの青年が倒れていた。銀灰色の髪にも砂が入り込み、更に灰色がかっていた。


 顔色は血の気が引いて白く、脇腹に大きな刺し傷があった。刺し傷から大分血が流れ出てしまったらしい。服は体に沿う形のジャケットとズボンを身についていたが、ボロボロで大きく裂けた部分からは身体の線も見えるほどだ。


 このまま放っておいたら死ぬだろう。いや助けたとしても命はもつだろうか。


 だがこのままにしておくことはできなかった。ひとまず、家に連れ帰って、身体を拭いて、服を着替えさせて・・。かなりの重労働だが仕方がない。


 水を吸って重いジャケットはこの場で脱がした。腰にぶら下げていた回復薬らしきものが入っていたベルトも外す。意識がない状態では回復薬も飲ませられない。あとで引き取りにこよう。何とか彼の身体を背負った。


「・・・。」

 私の耳元で彼が何かをつぶやいた。うわ言のようなものかもしれない。


 彼を家に運ぶために足を進める。彼が再度何かを呟いている。私はその言葉を聞き取って足を止めた。


 彼は確かに言った。私の娘、テラスティーネの名を。


 結局、目覚めた彼はそれまでのことをすべて忘れており、彼が私の娘テラスティーネと知り合いなのかどうかすら、問うことができなかった。


 ただ、海で漂流ひょうりゅうする状態になってもその名を呟いていたほどだから、きっと彼にとってテラスティーネは大切な人物だったのだろう。もちろん、私の娘と同名の違う人物である可能性もあるのだが。


 彼は魔力を受け取って記憶を取り戻す可能性を選んだ。だから私は魔力を与えることのできる天仕てんしであるテラスティーネを紹介した。


 彼と別れてから1年余りが経つが、彼はテラスティーネと会えただろうか?そして、記憶を取り戻すことができたのだろうか?


『全てが終わって、私が記憶を取り戻すことができたら、またここに来てもいいですか?・・アルフォンスの娘さんもここに来る時に連れてきますよ。』


 銀灰色の髪、桃色の瞳の青年がそう言って、瞳を細めて笑う。


 私は黄褐色おうかっしょくの宝石がついた装身具に、指先を添えて撫でた。


 私は以前、浜辺で指にめる装身具を2つ拾った。それらは魔道具で、それぞれ赤い宝石と、黄褐色の宝石がついていた。また、魔道具なので、本人目掛めがけて放たれた魔術や攻撃から身を守る結界付与の効果と、位置特定の効果がついていた。私はそれを参考にしてもう一つ指にめる装身具を作り、3つにした。


 そして、その内の2つを彼が持って行った。彼が持って行ったのは、赤い宝石がついたものと、青い宝石がついたものだ。お守りとして、今も持っていてくれるといいが。


 思い出にひたっていた私は足を止めた。視線の先には海に向かってたたずんでいる人の後ろ姿が見えた。

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