第38話 伴侶テラスティーネ

 私の名はテラスティーネ。

 目覚めてから、しばらくせっていたが、ようやく回復して起き上がれるようになったところだ。


 私の前で、私が1年間その帰りを待っていた人が、その赤い瞳を細めて微笑んだ。私の膝の上にあった手を引き寄せて、自分の手で包んでくれる。


「体調はどうだ?」

「もうほとんど回復しています。それより、カミュスの方が魔力をかなり消耗していたはずですが、大丈夫なのですか?」


 私の言葉に、彼は自分の身体を見下ろした。

「君から魔力を貰った時に、魔力が増幅ぞうふくしたように感じた。それに伴って、記憶も戻ったから、大丈夫なのではないか?」


 そう言って、こちらを見る彼の瞳は赤で、髪色はプラチナブロンド。別れる前と同じ色合いだ。記憶がなくリシアと名乗っていた時は、髪は銀灰色、瞳は桃色だったらしい。私が眠りから目覚めた時に見た彼の瞳は、既に赤だった。


 それにしても、彼は自分のことについては、特に何も心配はしていないようだ。自分のことにあまり関心を払わないところは、まるで変わっていない。


「カミュスを失うかと思いました。」

 私がそう言ったら、彼は分かりやすく顔をしかめた。


「アメリアに、私が死んだら、自分も殺してくれと、頼んだそうだな?」

「ええ、貴方が言った通り、私も貴方がいない世界に、生きていくことを望まなかったので。」


 彼が視線を泳がせる。彼が魔王エンダーン討伐とうばつした後に、私に言った言葉だ。

「それは本心です。今でも変わっていません。」

「テラスティーネ。。」


「でも、まさかカミュスが記憶を失っているとは、思っていませんでした。助けてくださった方には感謝しないといけませんね。」

「それなんだが・・。」

 彼は、少しためらった後、口を開いた。


「助けてくれた方の名前は、アルフォンスと言う。」

「え?アルフォンス・・ですか?」

「水色の髪、金色の瞳・・。」

「ちょ、ちょっと待ってください。もしかして、アルフォンスって。」


「君の父君だ。私は、彼から娘である君に会うよう言われて、エステンダッシュ領まで旅をした。記憶を取り戻したいと思った私に、魔力が戻れば記憶が戻る可能性が高いと教えてくれ、魔力を与えられるとすれば、天仕てんしである君しか心当たりがないからと。」


「お父様が、カミュスを助けた・・。」

「君は、アルフォンス様には会った事はないだろう?」


「ええ、私が生まれる前にいなくなってしまいましたから。」

「いなくなった?君は彼が生きていることを知っていたのか?」

 私は口に手を当てる。


「ええ、母が私に手紙を残してくれていました。」

「そうか。私はアルフォンス様に幼い頃に会っている。私は、アルフォンス様は、私と君の母君を救うために行方不明になって、そのまま亡くなったのだろうと聞かされていた。」


「カミュスも救っていたのですか?お父様は。」

「アルフォンス様や君の母君が襲われた時に、その場にいた。まだ、5歳だった私は何もすることができなかった・・はずだ。」


 言葉の末尾に含みを持たせて、彼は言った。私は不思議に思って聞き返す。

「はず?」

「まぁ、それはいい。私は今回の件の礼を兼ねて、アルフォンス様の元を来訪するつもりだ。君はどうする?」


 私の問いかけは、はぐらかされたが、それには何も言わず、私は彼の問いかけには即答した。

「もちろん、行きます。」

 私の言葉を聞いて、彼は破顔はがんする。


「そう言うと思った。アルフォンス様は、今サンダカムイ領の海岸近くに住んでいる。海を見ることもできるな。」

「1年経ってしまいましたね。約束してから。」


「海はとても綺麗だ。君の瞳のように青い。」

 彼は手を握っているのとは、逆の掌を私の頬に当てる。


「カミュス・・。」

「テラ。遅くなってすまなかった。」

「もう、離れないでいただきたいです。待つのは・・辛かったです。」

「怒っているのか?」


「いえ、そういうところも含めて貴方が好きなので、仕方がないと思っています。」

「・・大分痛い言葉だな。だが、私の戻ってくる場所は、常に君のところだ。」


 それは言われなくても、分かっています。だから、私は貴方が戻るのを待ったのです。不安に思いながらも。だから、彼は今ここにいる。


「愛しています。カミュスヤーナ。」

「私も・・君を愛している。」


 お互いの右手が頬に当てられ、お互いの左手が身体を引き寄せる。赤と青の色違いの瞳を伏せ、私たちは顔を近づけた。

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