第37話 魔王ゲーアハルト

 私の名はゲーアハルト。

 この地シルクトブルグを治める魔王である。


「ゲーアハルト様。魔王カミュスヤーナ様がいらっしゃいました。」

 従者が扉を上げて、声を上げる。その後ろから、プラチナブロンドの髪、赤い瞳を持つ青年が姿を見せた。


「お初にお目にかかりますゲーアハルト殿。いや、以前一度テラスティーネを介してお会いしていますね。」

 ニコニコと人の良さげな笑みを浮かべて、カミュスヤーナは声をかけた。


「あの時、ご挨拶差し上げると言いましたが、やっと約束を果たすことができました。」

「あの時の・・。」


 自分の顔に向かって熱波を放たれるところだったのを思い出し、顔が青ざめる。彼はそんな私の様子を嬉しそうに眺めた。


「無事戻ってくることができましたので、もうユグレイティの地に関しては干渉されませんように。」

「あ、あぁ。」


「テラスティーネをお渡しするわけにはいきません。その代わりと言っては何ですが。」

 カミュスヤーナは、自分の後ろから一人の女性を前に押し出した。


 白い身体に沿うドレスを身にまとい、紺色の濡れるような光沢の長い髪に、金色の瞳を持った女性だ。


「隣ジリンダの地の魔王ミルカトープの妹君ミルクレインテ嬢です。」

「存じてはいるが、なぜここに?」


「とある事情により、私が身元を引き受けることになったのですが、私では彼女の望みをかなえることができませんので、こうしてお連れしました。」

「その望みとは?」


「魔王の伴侶はんりょになることらしいです。」

「は?それをそなたが叶える必要はそもそもあるのか?」


「・・まぁ、ないですね。はっきり申し上げますと、私やユグレイティにとって、彼女は必要ないのです。人材は欲しいですが、有能でない者は必要ありません。また有能に育てる時間も惜しいのです。その点、私よりも魔王歴が長いゲーアハルト殿なら、彼女を育て上げることも、たやすいのではと思った次第です。」


「確かにそれは可能だが、私は一度受け取った者は手放さないぞ。」

「ええ、もちろん。彼女も含め、こちらへの干渉がなければそれでいいです。彼女をどうするかもお好きなように。」


 彼女は私の検分けんぶんする視線を従順に受け取っている。


「少々口が過ぎるので、今は魅了みりょうの術をかけています。そちらでかけ直されますか? 多分私があらかじめ術を解除しておかないと、かからないと思います。」と彼は言葉を続ける。


 暗に自分の方が、魔力量が上だからそれを上書きするのは、至難しなんわざだとほのめかしているのだ。とことんしゃくさわるやつだと思う。


「もう少し言葉遣いに気を付けたほうがいいのではないか?少しは目上の者をうやまうべきでは?」

「・・これは失礼しました。このところ、丁寧にするとあなどられることが多かったもので。」


 彼は苦笑して答えた。


「彼女は魔王の伴侶はんりょになったら、楽や贅沢ぜいたくができると考えていると思われます。厳しくしつければきっと素晴らしい淑女しゅくじょになることでしょう。」


 カミュスヤーナは彼女の両目に右手を当て、口の中で何かを呟いた。右手を外すと、隠されていた彼女の目に光がともる。


「カミュスヤーナ様。これは一体・・。」

「しっ、ミルクレインテ。ゲーアハルト殿の御前ごぜんだ。口をつつしめ。」


 事情を問いただすミルクレインテの前で、カミュスヤーナは軽く人差し指を唇に当ててたしなめる。


「ミルクレインテ。」

 私は彼女の前に歩み寄り、その視線を合わせた。


「そなたは私のものとなった。伴侶にするかどうかはこれからのそなたの働き次第だ。」

「ゲーアハルト様・・。」


 私の差し出した左手に、彼女が自分の右手を重ねる。隣で不思議そうに私を見つめるカミュスヤーナを見返した。


魅了みりょうなどせずとも、これくらいぎょしてみせる。」


 彼は私の言葉に目を見開いた後、ぎこちない笑みを浮かべた。

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