第36話 魔王ミルカトープ 再

 私の名はミルカトープ。この地ジリンダを治める魔王である。


「今回のことは大変申し訳なかったと思っている。」

 私の前で、プラチナブロンドの髪、赤い瞳を持つ青年が大きく息を吐いた。


「おかげで1年もユグレイティの地を空けなくてはならなくなりました。」

「どちらかというと、ジリンダの問題に、そなたを巻き込んだことになってしまった。」


「イスカンダルはもう処刑されたと伺いました。私の命をおびやかしたブラウリオとミルクレインテの身柄は私に任せていただけますね。」

「かまわぬ。それだけのことを講じたのだから。」


 カミュスヤーナは、私の言葉を聞いて嬉しそうに顔を緩めた。

「では、今後のことですが、ユグレイティの地と友好関係を持っていただきたい。」

「そんなことでいいのか?」


「ええ、確かに私は魔王としては若輩者じゃくはいものですが、へりくだっていても仕方がないと分かりましたので。行おうと思えば、力でねじ伏せることもできなくはないですが、そんなことに力を使うよりは、あらかじめ魔王からの確約を得ていた方が楽でしょう?」


 私がこれから行うことには、目をつぶっていてくださいますね?と、カミュスヤーナは楽しそうに笑った。


 前回会った時は、ことさら丁寧めいていて、こちらの様子を探る様子があったが、今回はこの一瞬をとても楽しんでいるように見受けられる。行方不明になっていた1年間にあったことが、影響しているのかはわからないが。


「私やジリンダの民に影響を及ぼすことでないのなら。」


「それは、魔王としては当然のことです。心得ております。あと、テラスティーネは私のものなので渡しません。手を出したら容赦ようしゃしませんので、そのおつもりで。」


 テラスティーネは、カミュスヤーナの伴侶はんりょの名だ。一度顔を合わせておきたかったが、この分では無理かもしれぬ。これも妹を甘やかしていたつけが回ってきたのだろうか?


 カミュスヤーナは席を立つ。

「ミルクレインテは本日引き取ります。ここに連れてきていただけますか?」

 私は背後の魔人に、ミルクレインテを呼んでくるよう指示を出す。


「お姉様、カミュスヤーナ様。ごきげんよう。」

 白い身体に沿うドレスを身にまとい、妹のミルクレインテは私たちに向かって挨拶をした。


「ミルクレインテ。そなたはカミュスヤーナを害した罪により、ジリンダより永久追放となった。今後そなたの処遇しょぐうはカミュスヤーナにゆだねられる。」


「あら、何のことでしょう?」

 ミルクレインテはおとがいに人差し指を当て、小首を傾げた。


「ブラウリオに催眠の薬を飲ませ、カミュスヤーナを害し、今回の行方不明のきっかけを作ったと聞いている。」


「そんなこと、ブラウリオが勝手に言っていることではありませんか。ブラウリオの主が私だからと言って、そのように決めつけられるのは困ります。」


 私が困ったようにカミュスヤーナを見やると、カミュスヤーナが私の前に出て、ミルクレインテと対峙たいじした。


「ミルクレインテ。ブラウリオは既に私が捕らえている。そなたがかけていた催眠は解除した。経緯は全て聞き取り済みだ。」


 ミルクレインテは、カミュスヤーナの言葉にくすくすと笑った。

「ブラウリオは私の名前を本当に口に出したのですか?」


 カミュスヤーナの動きが止まる。私はいぶかしげに彼を見やった。

「・・ブラウリオは主に命令してやったとしか言っていない。」

「あら、その主が私だとは限らないではありませんか。」


 魔王としては詰めが甘いのではないですか?とミルクレインテが笑う。彼女は優雅ゆうがな足取りで、カミュスヤーナの前に歩み寄った。


「カミュスヤーナ様。前回はうやむやにされてしまいましたが、私は貴方様をお慕い申しております。どうか私を伴侶はんりょにお選びくださいませ。」


 カミュスヤーナは、ミルクレインテの金色の瞳を見つめた。しばらくすると、ミルクレインテは、ほころぶような笑みを浮かべる。


「私には伴侶はんりょは既にいる。複数の伴侶はんりょを持つ気はない。それにブラウリオから聞き取れなかった分は、そなたが話してくれるだろう?ミルクレインテ。」


「・・ええ、私がブラウリオに暗示をかけ、カミュスヤーナ様を害するよう指示しました。」

 ミルクレインテの言葉に私は大きく息を吐く。


「ミルカトープも今の言葉を聞きましたね?」

「・・ああ、聞いた。」


 魅了みりょうの術。視線を交わしてから、術にかかるまでの時間を考えると、以前にもかけられたことがあるのか、カミュスヤーナとミルクレインテの魔力量の差がそれだけ大きいのか。


 どちらにせよ、ミルクレインテは、カミュスヤーナの敵ではなかったということか。


「では、このまま連れていきます。」

「どこに連れていくのか聞いてもいいだろうか?」


「・・彼女の処遇しょぐうは私に任せてくださると言ったはずですが・・。まぁ、妹ですし、いいでしょう。」

 彼はにやりと笑んだ。


「魔王ゲーアハルトのところです。」

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