第34話 試行者リシア

 私の名はリシア。眠っている彼女を起こそうと、試行している最中である。邪魔をしないでほしい。


 まったく反応がないけど、やはり私はカミュスヤーナではないのか?彼女の顔を時々見てはいるものの、まったく反応が出なくて焦る。


 もっと、流す魔力量を増やせばいいのだろうか?一旦口を離して、彼女の身体を強く抱え込んだ。水色の髪に顔をうずめる。滑らかな髪が頬に触れる。


 そもそも1年前に受けた致命傷を治すのに、常に身体が魔力を消費している状態で、自分の身体にある魔力はそれほど多くはない。このままだと、彼女が目覚める前に自分の魔力が尽きてしまう。魔力が尽きたら、私は死んでしまうだろう。


 目の前にあった結界の球体は消失していた。球体があった床の上に、首飾りが落ちて、その宝石が淡い光を放っている。


 私は彼女を落とさないように抱え直して、立ち上がった。


 床に落ちている首飾りを拾い上げ、彼女の首にかけ、皮膚に守護石が当たるようにする。自分が首にかけていた首飾りも抜き取って、彼女の右手を取り、指を開いて何とか握らせる。首飾りの守護石が保持している魔力が、少しでも彼女に流れ込んでくれればいいのだが。


 さすがに立って、彼女を抱えたまま口づけするのは無理だ。そもそも魔力を彼女に与えてしまっているので、体内を巡る魔力が少なくて、身体を動かすのが億劫おっくうになっている。


 横になるか?床は硬そうだけど、座っているものつらくなるかもしれない。


 彼女の身体を床に横たえる。自分も彼女の隣に横になり、彼女の身体を横になった状態で抱え込んだ。再び唇を合わせる。彼女の身体に触れている部分からも魔力を流してみる。


 まずい。力が抜けて意識が飛びそうだ。でも、彼女に魔力を与えないと。私の魔力が枯渇こかつしたとしても。


「?」


 合わせていた唇から、何か温かいものが流れ込んでくるのを感じた。鈍くなっていた身体の奥から何かが湧き出てくる。身体が急激に熱くなってくる。


 これは・・何だ?


 身体の中を熱が渦巻く。渦巻いた熱がまた唇や掌を介して、彼女に流れ込んでいく。魔力が循環している?しかも魔力が巡る度に増えているように感じる。


 魔力の循環速度が増すにつれ、頭を抱えたいくらいのひどい痛みが襲った。


「くっ。」


 彼女の唇を噛んでしまいそうになったので、慌てて口を離す。代わりに彼女の身体をきつく抱きしめる。


「ああああああ!」


 頭が痛い。割れそうだ。どこかで叫び声が聞こえる。身体を何かが巡る感覚は消えなくて、それが頭の痛みを加速させている。目の前には水色の髪が広がっているが、徐々にぼやけてきた。涙がにじんでいるらしい。


 ふっと唐突に頭の痛みが治まった。腕の中の彼女をきつく抱きかかえたまま、自分の上半身をゆっくりとその場に起こす。


 はっとして腕の力を緩める。腕の中の彼女が動いたように感じた。うつむいている彼女の頬に手を当てて、上を向かせる。


 まぶたは閉じられたままだ。その下にある青い瞳を見たいのに。


「テラ!」

 私は目の前の彼女に呼び掛ける。


「一緒に海を見るのだろう?目を覚ませ!テラ!」

 彼女のまぶたに透明なしずくが落ちた。それに呼応するように、伏せられた長いまつ毛が上がる。


「・・やっとお会いできました。カミュス。」

 彼女が青い目を細めて微笑んだ。

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