第32話 説明者アメリア

 私はアメリア。

 カミュスヤーナ様と共に、ユグレイティの地の魔王の館に、転移陣を使って移動する。


 館の一室に足を踏み入れると、アシンメトリコとセンシンティアが待っていた。


 私の後ろにカミュスヤーナ様の姿を認めると、一斉に胸に手を当てて礼を取る。記憶のないカミュスヤーナ様は、その様子を困惑したように見つめている。


「カミュスヤーナ様。宰相を務めておりますアシンメトリコと、護衛騎士のセンシンティアです。2人は、カミュスヤーナ様が海に落ちて行方不明になった時に、側にいた者です。」


 私の言葉を聞いて、2人の顔が若干こわばった。


 テラスティーネ様は、2人に責はないと言っていたけれど、私は魔王の配下としては非のある行動だったと思っている。まぁ、きっと魔王らしくない彼に押し切られたのだとも思ってはいるけれど。


「いろいろあったんだろうと思うけど、今の私には記憶がないので、記憶が戻ってから話を聞きます。まずはテラスティーネに会わせてください。」

 私たち3人に向かって、カミュスヤーナ様が言った。


 この部屋にただよっていた空気が霧散むさんする。


「テラスティーネ様の現在の状況について、話は伺っていますか?」

「先ほど領主様より聞きました。今は眠っているとか。」


「テラスティーネ様は、ここルグレイティの地と民を守るため、自身の力をすべて使って結界を張られました。正直、来訪者個々に対応しきれなくなったのです。まだ、カミュスヤーナ様は魔王に成られたばかりで、配下も少なかった。何より魔王であるカミュスヤーナ様の不在が痛手でした。牽制けんせいが効かなかったのです。」


「テラスティーネを起こす方法について、詳しくは貴方に聞くようにとのことでしたが。」


「テラスティーネ様が目覚められると結界が消えてしまいます。そのため、テラスティーネ様を目覚めさせる過程を考え、いくつか条件を付けました。」

「条件?」


「まずは貴方が戻らず、死んでしまったことが確定、判明した場合です。その場合は、テラスティーネ様の意向により、彼女を殺すよう言われています。」

「殺す?なぜ?」


「テラスティーネ様ご本人が、カミュスヤーナ様のいない世界で生きていくことを望まれませんでした。魔王もいなくなってしまいましたから、この地を治める者もいません。その内誰かが魔王として立つでしょう。特に結界がなくても問題ありません。テラスティーネ様を守っている結界は、これで解除できるようになっています。」


 私はアシンメトリコより、それを受け取ると、彼の前に掲げてみせた。


「それは・・。」

「テラスティーネ様がお持ちだった婚姻の証?です。」


 乳白色の宝石が付いた首飾りを、私は彼に手渡した。手の上のそれを、彼はじっと見つめている。


「その首飾りには、貴方の魔力が込められているそうです。それを使って結界を解除し、眠っている彼女を放置して殺すことになっていました。ですが・・貴方は戻られた。」


 彼が顔を上げる。私はその桃色の瞳を見つめた。


「テラスティーネ様を目覚めさせる方法は、彼女に貴方の、カミュスヤーナ様の魔力を流すことです。それも時間をかけずに。結界がない状態で、目覚めない時間が長く続くと、テラスティーネ様は死んでしまいます。」


 私は彼を手招きし、口の横に右手の親指側面をあてる。彼はいぶかしげにしながらも、私の右手に片耳を当てた。


「手早く魔力を流すには、相手に口づけして、合わせた唇から魔力を流してください。粘膜部分が触れ合っているほうが一気に魔力を流せます。」


 他の2人に聞こえないようにひそひそ声でささやく。話を聞くにつれて、彼の頬がうっすらと赤く色づいた。

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