第30話 不慣者リシア
私の名はリシア。だが、エステンダッシュ領
「兄上。」
「あ、あぁ。」
私の落ち着かなげな様子を見て、アルスカインが笑う。
「記憶がないなら慣れないですよね。でも貴方はカミュスヤーナですから、私の兄です。今後は兄上と呼びますよ。この後のことを行うのには、少し説明が必要になります。兄上がエステンダッシュ領の領主だったころ、その色を魔王に奪われました。いろいろありましたが、兄上は魔王を討伐し、奪われた色を取り戻しました。」
「・・・。」
また、
「兄上は魔王を
なので、この後の話には遠慮してもらったのです。とアルスカインは続けた。
「テラスティーネは兄上に遅れて、魔王として治める地に向かう予定で、実際には兄上が海に落ちた2日後くらいに、その地に向かいました。向こうで兄上が行方不明になったと直接報告を受けたようです。一度こちらに戻ってきて、自分の仕事の引継ぎや海に面した領地への通知などを済ませた後、しばらく向こうで過ごすと言って、通信機を渡してくれました。何かあれば通信機で連絡をすると言って。」
アルスカインは流れるような手つきでお茶を飲み、話を続ける。
「それから3月くらいは通信機で定期的に話をしました。その間に婚姻の証から反応があったから、兄上は生きている旨も伺っていました。兄上が生きているのであれば、その内戻ってくると思っていたのです。まさか記憶をなくしているとは思っていなかったので。」
「それは・・すまない。」
「いいえ、無事であればそれでいいのです。3月くらいたったある日、通信機を使って連絡をしてきたのはアメリアでした。アメリアは、兄上が倒した魔王が造った
「広域結界?」
「魔法士が張れる最大の結界です。広範囲に結界を張り、魔力を持つ者の侵入を
「こちらの領地の境界に張られている結界のようなものか?」
「あれはもっと大規模です。あの結界の維持には国の魔力が使われています。その魔力量を超える個人はいませんから。」
アルスカインは言葉を続けた。
「ですが、いくら魔力量が豊富なテラスティーネが、広域結界を張ることにしたといえども、魔人は私たち人間よりは魔力量が多いですから、結界が破られることもあり得ます。それにこちらの領地より、各魔王が治める土地は広いようです。そのため、テラスティーネは、自身の身体の維持に使っていた魔力以外すべて、結界の維持に振り分けることにしました。」
「・・それは、テラスティーネは死んだということか?」
私の問いにアルスカインは横に首を振った。
「常に眠っていることにしたのです。ですが眠ってしまうと、自分の生命維持ができないことが分かったそうで、テラスティーネの身体は結界で包むことになりました。テラスティーネは、兄上が戻らないと目覚めないのだそうですよ。」
「は?」
私の顔を見て、アルスカインは口の端を上げた。
「詳しくはアメリアに聞いてください。」
アルスカインは、部屋に戻ってきたフォルネスが持っている手鏡のようなものを受け取ると、それを自分の目の前に掲げた。
「アメリア。聞こえるか?」
アルスカインが呼びかけると、手鏡であれば鏡に当たる部分がぼやけだし、一人の少女の姿を映し出した。プラチナブロンドの髪、赤い瞳。色は違うが、夢の中で泣いていた少女とうり二つの容姿だった。
「アルスカイン様。ごきげんよう。」
「兄上が戻ったぞ。」
「カミュスヤーナ様がですか?本当に?」
アメリアが目を瞬かせて言い
アルスカインが手鏡を私の方に向けた。私の顔を見るなり、アメリアの顔が泣きそうにゆがんだ。
「あぁ、カミュスヤーナ様。お戻りをお待ち申し上げておりました。」
「申し訳ないがアメリア。兄上は魔力の使い過ぎで記憶を失っているそうだ。テラスティーネに会いたいと言っておられる。私はそちらに行けぬので、案内を頼みたい。」
「かしこまりました。転移陣を使ってそちらに向かいますので、カミュスヤーナ様の工房の鍵を開けておいていただけますでしょうか?」
「わかった。」
「では、後ほど。失礼いたします。」
アメリアの姿が通信機から消える。
「フォルネス。兄上を工房に案内せよ。鍵は持っているな?」
「はい。」
「兄上、テラスティーネをよろしく頼みます。」
アルスカインが私の顔を見つめて言った。
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