第16話 代替者テラスティーネ

 私の名はテラスティーネ。行方不明になった魔王カミュスヤーナの代わりを務め続けている。


 そして、別の日のこと。


 私の前には、また別の魔人が同じ卓の向かい合う席について、楽しげにこちらを見つめている。


 銀の髪、長めの前髪の奥から、碧色の瞳がこちらを見つめている。銀の髪の一部が、鳥の羽のような形をしている。


 魔人は何処どこかに魔獣の特徴を備えている。隣の地ジリンダ出身の者は、肌の一部がうろこだし、ここユグレイティ出身の者は、実は牙がある。


 着ている服は薄手の袖や裾が長めの物で、腰に大きな帯が巻かれているのが印象的だ。


 さすがに彼は立たせたまま会うわけにはいかなかった。私は社交的な微笑みを浮かべ、小首を傾げてみせる。


「魔王ゲーアハルト様。何度もお目見えいただきありがとうございます。」

「愛しいテラスティーネのためであれば、いくらでも足を運ぼう。」


 口の端が引きつりそうになるのを抑えつつ、私は言葉を続けた。


「それで本日は何用でこちらにいらっしゃったのでしょう?」

「この館やこの地に攻撃する不届き者が多いと聞いたのでな。私が対処しようと参ったのだ。」


「この館やこの地の守りは私が対処しますので、結構です。」

「そなたのような美しき女性一人では、対処が難しかろう。私の方が、力があるのだから、任せればよいではないか。」


 ・・確かに力はあるでしょう。私より。でもその代わりに要求されることが困るのだ。


「魔王カミュスヤーナは行方不明。あれから3月経っているのだ。もう生存は絶望的であろう。私が代わりにこの地を守ってやろうと言っているのだ。もちろん、そなたは私と人生を共にすればよい。」


 魔王でなかったら、そのよくしゃべる口を閉じてやりたい。結局、いなくなったカミュスヤーナの代わりに、自分がこの地を治めようと言っているだけではないか。しかも、私は夫がいなくなったから、代わりに自分と婚姻しろと言っている。冗談じゃない。


 魔王ゲーアハルトは、ジリンダの更に西方にある海に面した土地、シルクトブルグを治めている。


 カミュスヤーナが行方不明になった時、私からの依頼で海に面した土地の魔王に、カミュスヤーナらしき人物が見つかったら、知らせてくれるようジリンダの魔王ミルカトープ経由で通知を出した。


 それから見つかったという連絡は来ていないが、魔王ゲーアハルトはなぜかこの館にやってきて、私と相対してからは度々この館にやってくる。そして、私と共に魔王の座を渡せという。


 言っていることは魔人ブラウリオと大差ないのだが、魔王という立場が厄介だ。


 最初は通知を見て、面白そうだから多分この地に来ただけなのだろう。そして私を気に入った。だから干渉する。多分カミュスヤーナがいたら、個別で決闘を申し込んで、直接倒そうとしていたかもしれない。今は魔王本人がいないので倒すこともできない。だから、私に私の意志で自分のところに来るよう、回りくどいことをしているのだ。


「カミュスヤーナ様は生きております。」

「では、なぜここに戻ってこないのだ?」


 それを言われるのが一番つらい。カミュスヤーナが生きていることは婚姻の証の反応で分かっている。でも、彼は3月たつのに戻ってこないのだ。身体の回復に時間がかかっているのか、何か戻れない事情があるのか。


 何と答えようか迷っている私を見て、ゲーアハルトは立ち上がり、私の方へ歩いてくる。扉近くにいるセンシンティアが、こちらに向かって来ようと足を踏み出したが、私は視線で制した。魔王に刃を向けたら、何をされるかわからない。


「テラスティーネ。」

 ゲーアハルトにあごを下からつかまれ、上を向かされた。彼の碧の瞳を正面から見つめてしまう。


「私の目を見るのだ。」


 魅了みりょうの術!


「テラスティーネ様!」


 センシンティアが声を上げて、私の方へ向かってきた。ゲーアハルトは横目でセンシンティアを見ると、自分の手を大きく払った。強い風が起こり、センシンティアを直撃する。


「ぐぅっ。」

 センシンティアの身体が壁にたたきつけられる。それを見た私の中から別の意識が浮上した。私の手が、私のあごをつかんでいるゲーアハルトの腕を引き離した。


「何っ。」

「・・・この身体に・・。」

 ゲーアハルトが私の瞳を見て、その目を見開いた。


「手を触れるな。」

 私でない者が、私の身体を操り、声を発している。


「私が側にいなくとも、テラスティーネは守ってみせよう。これ以上手を出すなら、容赦ようしゃはせぬぞ。もちろんこの館や土地、民にもだ。」

 私は口の端を上げて笑う。


「全てが終わったら、挨拶に伺おう。ゲーアハルト殿。それまではお引き取りを。」

「そなたは・・いったい・・。」

 目の前のゲーアハルトの顔が青ざめる。


「お引き取りをと言いましたが。」


 聞こえませんでしたか?


 私は彼の顔の前に右の掌をかざした。てのひらに熱が集まるのが分かる。


「だめっ!カミュス!」

 てのひらに集まった熱がゲーアハルトに向かって放たれる前に、かざしたてのひらを彼からそらす。


 てのひらから熱波が出て、後ろに置かれた棚を破壊する。ゲーアハルトは私と破壊された棚を見比べると、すぐさま身をひるがえして部屋を出て行った。


 私はその場に膝をついた。意識が薄れる。

「カミュス・・やりすぎです・・。」

 倒れる私の脳裏には、私に向かって頭を下げて謝る彼の姿が見えた気がした。

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