第8話 側近アシンメトリコ

 私の名前はアシンメトリコ。

 魔王カミュスヤーナ様とともに、隣の地ジリンダに来ております。


「カミュスヤーナ様。体調はいかがですか?」

 夕食が終わった後、お酒をたしなまれていたカミュスヤーナ様が酒に酔ったようだと、魔王ミルカトープ様に呼び出されました。


 確かに席を立つのもおぼつかない状態でしたので、身体を支えつつ、今客室に向かって足を進めている最中です。私たちの後ろを、やはり心配した面持ちのセンシンティアが続いています。


「・・大丈夫だ。」

 目を伏せたまま、カミュスヤーナ様がかすれた声で呟きました。


 具合の悪そうだったカミュスヤーナ様の様子が一変したのは、客室に入り、客室に張られている侵入検知と防音の結界を確認した後でした。


「キュリエ、水をくれないか。」

 従者のキュリエが、カミュスヤーナ様に水を汲んだグラスを渡す。カミュスヤーナ様は、一口含んでその風味を確認した後、水を飲みほしました。


「食後勧められた酒に薬が混ぜられていた。」

「薬・・ですか?」

「一口含んでその風味で分かったのだが、誰が混ぜたかわからなかったので、そのまま一杯飲みほして、薬が効いたように装ったのだ。」


「その薬はカミュスヤーナ様には効かなかったということですか?」

「私には状態異常の薬はまず効かない。エンダーンにさんざん試させられたからな。耐性がついているのだ。」


 カミュスヤーナ様は何でもないことのように言うが、言っていることは普通のことではない。エンダーン様が、カミュスヤーナ様を一時手元に置かれて遊んでいたとは聞いていたが、まさか人体実験のようなことをされていたとは。その件に関しては、私はエンダーン様から遠ざけられていたので、カミュスヤーナ様と顔を合わせることもなかったから、まったくもって知らなかった。


「今回混ぜられていた薬は何だったのですか?」

「多分、媚薬だな。魔王の反応だと、薬をもったのは魔王本人ではないな。花を勧められたから盛られたのが媚薬だと気づいたようだったし、彼女は美しい同性にしか興味がないのだから、私に媚薬を盛る必要もないだろう。」


「では誰が?」

「魔王に近しい、私に興味がある人物か?命の危険はないし。女性かもな。」

 カミュスヤーナ様は、扉の横で警護しているセンシンティアを見つめました。


「センシンティア。魔王ミルカトープの身内に、何か困った人物はいないか。」

 センシンティアは、左手をあごに当てて考えこむ。


「ミルカトープ様の叔父にあたるイスカンダル様は、魔王の座を狙っていて、その命を虎視眈々こしたんたんと狙っているようです。ただイスカンダル様の力は、ミルカトープ様には到底及びませんので、ミルカトープ様には気にもされておりませんが。あと、妹のミルクレインテ様は、前々から他の魔王の正室になりたいと、ミルカトープ様に仲介の依頼をされているようです。たしか前魔王エンダーン様にもお話をされたようですが、エンダーン様は歯牙しがにもかけなかったと伺っております。」


「エンダーンは異性には興味が薄かったからな。」


 実は魔王は必ず異性と結婚し、種を残すという意識は薄い。なぜかというと魔王は世襲制せしゅうせいではないからだ。魔王を倒した者が魔王。だから子どもをつくらなくても別に問題はない。


 伴侶をもつかもたないかも魔王次第。伴侶を複数持つか一人しか持たないかも自由。好きになるのも性別を問わない。


「聞いた話だと、今回の件は魔王の妹のミルクレインテの差し金であろう。盛られたのが媚薬だったことから考えると。」

 確かに今回の件は、魔王の座を狙っているイスカンダルが行ったとは思えない内容です。


「私には既にテラスティーネがいるから、彼女の望みはそもそも叶わないが。私に伴侶がいることは、特に名言もしていないから、知らないのだろう。」

 カミュスヤーナ様は呆れたように、息をつきました。


「その内接触があろうからそれを待つか。アシンメトリコ。明日以降の予定はそのままで。今日はもう下がってよい。センシンティアは、湯あみの後キュリエを下げるので、合わせて今日は下がってくれ。」


「そうしますと、本日夜間の護衛がいなくなってしまいますが。」


「この館にいる間に襲われるとは思えぬ。襲われたとしたら魔王ミルカトープのとがになってしまうし。念のため結界も張ってあるし、私はそれほど弱くはない。」


「かしこまりました。」


 私はカミュスヤーナ様に向かって、胸に手を当てて礼をしました。

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