第6話 賓客カミュスヤーナ

 私の名はカミュスヤーナ。現在隣の地ジリンダに来訪している魔王である。


 あぁ、疲れた。


 滞在中使うよう言われた客室で、私は大きく息を吐いた。


 魔王ミルカトープは、魔王に成りたての自分とは違い、威厳いげんがあった。後は魔王らしく自分の欲望に忠実だった。紺色のうねるような長い髪、白い身体の一部に鱗のような輝きを持ち、金色の瞳を持った外見上は美しい女性だ。


 さながら海に住む女神ネーレーイスといったところだろうか。それにしても美しい女性に目がないとは。テラスティーネを伴わなくて本当に良かった。


 客室にノックの音が響く。

「入れ。」

 客室に入ってきたのは、アシンメトリコとセンシンティアだ。


 センシンティアは、そのまま扉の横に陣取り、腰に掛けた剣の柄に手を添える。アシンメトリコは、私の方に歩いてきて、口を開いた。


「間もなく夕食とのことです。ミルカトープ様にお会いしていかがでしたか?」

「油断ならない女人というところだろうか。」

「相手はカミュスヤーナ様にご興味を持たれたようですね。」

「さすがにエンダーンとのようなことにはならないだろう。私など魔王に成ったばかりなのだ。無理難題を押し付けられなければいいのだが。」

「友好的な空気ではありましたが、気は抜かないでおきましょう。」


 アシンメトリコはその瞳をすがめた。


「センシンティアはこちらに滞在している間は、カミュスヤーナ様の護衛をするよう伝えます。しばらく滞在されるおつもりでしょう?」

「ルグレイティはほぼ森林に覆われているが、こちらはそれより湿潤だし、海があるからな。是非見ておきたい。」


「そう申されると思いました。ルグレイティに関してはアメリアに依頼してきたので、大丈夫でしょう。もし、こちらに滞在している間に、テラスティーネ様がいらしても問題ないと思います。」

「そこまで長居するつもりはない。テラスティーネとは連絡が取れるので、うまく都合をつける。」


 テラスティーネの名が出て、どことなく気が浮ついた私を、アシンメトリコは苦笑して見つめた。


「奥方様が気になるのはお分かりになりますが、あまり隙を見せないようお願いいたします。」

「分かっている。アシンメトリコはジリンダには来たことがあるのか?」


 私の問いかけにアシンメトリコは首を横に振った。


「エンダーン様はお出かけになる時は供を連れませんでしたし、マクシミリアン様も外交はあまりなさらない方でしたので。」

「魔王とはそんなものかもしれないな。」


 再度ノックの音がした。センシンティアが扉を開けて、外の者と話をした後、私の方を振り返った。


「夕食の準備が調ったとのことです。」


 私は自分の身体を見下ろした。


 先ほど挨拶時に着ていた儀礼用のマントと羽織は外している。首のまわりが大きく空いた丈の長い黒の上着、袖はドレープが所々ついているが、料理に袖がつかないように袖止めの金具がついている。襟部分と手首部分と裾部分には赤と銀の刺繡ししゅうが差してある。上着の下、腰の部分には幾つかポケットが付いた革ベルトがついており、念のための回復薬が入っている。魔法が使えるので、物理的な武器は携帯していない。


 装飾品は、胸に下げている婚姻の証のみだ。


 本当は暑いので、半袖などを着たいところだが、それは通例上許されないので、生地を若干薄くして、物理防御の魔法を付与している。先ほどはこの上から儀礼用のマントと羽織を付けていたので、とても重く肩が凝りそうだった。


「私とセンシンティアは、カミュスヤーナ様が会食される隣の部屋で食事を取ります。何かございましたら、お声がけください。キュリエは私たちが食事をする間に、こちらの部屋で食事をすると思われます。ご心配なさらず。」


 私とともにこの地ジリンダに来たのは、アシンメトリコと私の従者キュリエの2人だ。私は部屋の奥にいるキュリエに目をやる。キュリエが目線で答えたのを確認した後、部屋を後にした。

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