第5話 魔王ミルカトープ

 私の名はミルカトープ。この地ジリンダを治める魔王である。


 私の目の前では、プラチナブロンドの髪、赤い瞳を持つ青年が、こちらに初対面の挨拶をしたところだった。


「新たに魔王が誕生したと聞いて、会うのを待ちわびていたが、容姿はエンダーンそっくりではないか。」

「・・私はエンダーンの弟に当たります故。」


 彼は長いまつ毛を伏せて、そう答えた。


 彼は隣の地ルグレイティの魔王となったカミュスヤーナだ。元々はエンダーンが魔王であったが、2年ほど前にカミュスヤーナに討伐とうばつされた。魔王を討伐とうばつした者が魔王となるのは、この魔人の世界の摂理せつり


 エンダーンもその容姿は整っており、好ましい容姿であったが、目の前にいるカミュスヤーナは色が違うとはいえ、その容姿はエンダーンそっくりだ。エンダーンは金色の髪、金色の瞳ではあったが。


 違うのは色だけではなく、その表情もだ。エンダーンは、酷薄こくはくな笑みが似合う華やかな男だったが、カミュスヤーナは、どちらかというと穏やかで生真面目な様子がある。でもその瞳は強い色をたたえて私を見つめている。


 何しろあのエンダーンを打ち取ったのだ。エンダーンは魔王としては若く、だが魔力量は豊富で、人を玩具おもちゃにして遊ぶような子どもめいたところがあった。でもその強さ故に誰も逆らわなかった。


 また、魔王同士交流はあるとはいえ、お互いの統治にあまり干渉はしないので、私も特に苦言めいたものをかけたことはない。


 カミュスヤーナは魔人ながら、人間の住む世界で成長している。特殊な生い立ちのためか、一見魔王らしくはないが、エンダーンよりも魔力量は上なのだ。その強さは正直計り知れない。変に敵対はせず、友好的な関係を築いておいた方がいいだろう。


「魔王としては若輩者じゃくはいものではございますが、今後もよしなにお願いいたします。」

 そう言って、カミュスヤーナは後ろに控えていた魔人に目配せする。


 魔人は、手元に持っていた木箱を掲げた。


「友好の証として、我が地で産出されました品をお持ちいたしました。輝石や、蜜などの甘味、絹織物などがございますので、お納めいただければと思います。」

「それは重畳ちょうじょう。もし貴殿がこの地に長く留まれるのであれば、この地を案内する故。」


「大変嬉しく存じます。50年の治世を誇っている地を見学させていただけるなど法外の喜びにございます。」

 カミュスヤーナは私に向かって頭を下げた。


 私は隣に控えていた魔人に、カミュスヤーナの前に向かうよう命ずる。

「その者は前魔王エンダーンが買い付けた者だ。」

 カミュスヤーナの前でひざまずき、礼をする。


「センシンティアと申します。」

 カミュスヤーナは、センシンティアを唖然あぜんとした様子で見つめている。


「・・男?」

 どうやらエンダーンが買い付けたのは、女だと思っていたようだ。私は口の端を上げる。


「そうだ。センシンティアはこの館の護衛騎士だ。エンダーンがこちらに来た時に気に入られたようでな。既に対価はいただいている。護衛騎士の業務の引継ぎも終わっているので、好きにしてくれてかまわない。」


 私の言葉に、カミュスヤーナは困惑したように言った。

「魔王の座に就いたばかりなので、護衛騎士が増えるのはうれしいのですが。。」


「まぁ。エンダーンは護衛騎士としての腕を見込んで欲したわけではないと思うがな。多分愛妾あいしょうとしてであろう?」


 私の言葉に、カミュスヤーナは苦虫を噛み潰したような顔をする。表情に感情が面白いほど出る男だ。容姿が綺麗なこともあって、見ていて飽きぬな。


「はぁ・・。まぁ、そうでしょうね。ですが、私は同性にそのような興味はありませんので。こちらでも護衛騎士の任務に就いていただくことになりますが、よろしいですか?」


 カミュスヤーナの言葉に、センシンティアが慌てたように答えた。

「買われた身としては、どの任務に就こうと、誠実に遂行いたします。むしろ寛大なお言葉感謝いたします。」


「そなた、面白いな。買った魔人に職務に対する同意を得るなど。」

 普通、人身売買で手に入れた者に、同意など得ない。命令すればいいだけの話だ。


「でも、本当によろしいのですか?対価を支払っているとはいえ、優秀な人材を外部に出すのは惜しいのでは?」


「確かにセンシンティアは護衛騎士としては優秀だったが、できれば私は身近には女を置いておきたくてな。対価としてもらったのは、見目麗しい私好みの女の魔人だから、問題はない。センシンティアも女だったら、手放さなかったであろう。」


 私の言葉を聞いて、カミュスヤーナの口の端が引きつった。

「そなたが女だったら、面白いし、是非仕えてほしかったほどだ。魔王だからそれもかなわないが。」


 私はカミュスヤーナに向かって、ニッコリと笑って見せた。

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