第6話 そして謎は全て解けた

 そして、明後日からはお盆休みというこの日、珍しく島津さんの方から声をかけられた。


「滝崎くん、夕ごはん食べにいきましょ!」


 彼女の少し大きめな声に、帰り支度じたくをしている分析室中の人の視線が集まる。

 初めて誘われた僕は有頂天うちょうてんで島津さんと食堂に向かったけど、食堂がある建物に移動している途中で、彼女はピタリと歩みを止めた。


「ごめんね。本当は夕飯を食べに行く気はないんだ」


「え?」


 どういうこと?


「食堂のメニューを変えた犯人に、会いにいきましょう?」


 島津さんはいたずらっぽく笑って言った。




 僕たちは人がいない暗い部屋で、隠れるようにしゃがみながら、ヒソヒソと話をした。


「食堂から揚げ物が消えた答えは、ノルマルヘキサン抽出物質含有量が多かったからよ」


「えーっと、排水分析の項目にあったような……? それと、食堂の揚げ物がなくなることと、どんな関係があるんですか?」


「ノルヘキの数値が高いってことはつまり、食堂からの排水に混じっている油が多いってことなの。

 もちろん、普段から対策はされているのよ? 食堂の人たちはなるべく油を直接流さないようにするし、流してしまった油を吸着させる、オイルトラップもあるし。色々対策して、それでも数値が改善されないから、上層部は“油を使わない”にかじを切ったんでしょうね。」


「それで、皆で揚げ物やカレーやラーメンを我慢がまんして、数値は良くなったんですか?」


「それが、良くならないのよ。良くならないから、なかなか揚げ物復活には踏み切れない」


「じゃあ、いつまでも刑務所ごはんや精進しょうじん料理を食べ続けろってこと?」


「このままだとそうなるけど……でもおかしいのは、最近、オイルトラップはキレイらしいってこと。食堂からの水質は改善されてるはずなの。

 そうすると考えられるのは、一つ。

 ──私たちの出したデータがおかしい」


 部屋のドアがあく音がして、島津さんは口をつぐんだ。誰かが分析室に入ってきて電気をつける。

 装置や机のかげで息をひそめて、僕たちが様子を見ていると、その誰かは、作業台の上にあるフラスコを手に取り、内側の壁面にべっとりと指で何かを塗りつけた。



「何しているの?」


 島津さんは、僕にはこのまま座っているように仕草しぐさで指示をだしながら、立ち上がる。


 島津さんの声に飛び上がるほどに驚いたその人物は、岩城さんだった。


「えぇっと……そのぉ……」


「今、フラスコにサラダ油でもつけたんじゃない?」


 岩城さんは、まさに図星を突かれたという顔をして、さっと両手を背の後ろに隠した。


「分析結果を変えるためにわざとコンタミを発生させるなんて、絶対あってはならないことだわ!」


 怒りに声を荒げる島津さんをはじめて見た。何もしていない僕まで、思わず萎縮いしゅくしてしまう。


「ずっと、おかしいな、とは思っていたのよ。私が分析したこの数日間は数値が改善したから、確信したわ。今日は私がやっても数値が悪くなるように、こっそり細工しようとでもしたんでしょう?」


 岩城さんは、泣きそうな顔をしながら、うなずいた。



 この工場の排水分析の結果を変えることで、彼にどんな得があるのか。僕は、いわゆる動機がすごく気になった。隠れているように言われたから、僕の口からは聞けないけど、島津さんも当然、気になったんだろう。


「どうして、こんなことしたの?」

 と、声を少しやさしいトーンに戻して、聞いた。


「……これですよ」


 岩城さんは、長い前髪をかきあげて、大きな火傷跡やけどあとをあらわにした。


「これ、揚げ物をしていた時に……急に爆発する様に油が跳ねて、火事にもなりかけて……その時の火傷です。

 それ以来俺は、唐揚げもトンカツもコロッケも、揚げ物全般ぜんぱんが見るのも嫌なほど嫌いになったんです。調理中の油の音も、匂いもダメで、入社してからずっと、食堂に行くたびにフラッシュバックに悩まされていました。

 だから、食堂から揚げ物をなくしたかった。でも、揚げ物って人気だし、あって当然のメニューでしょ? 要望を出したからって通るわけがない。

 けど、排水分析の担当になって、この方法を思いついたんです。ずっとノルヘキ値が高ければ、そのうち油を使う揚げ物はなくなるんじゃないかって……」


「で、思惑おもわくどおりになったってわけね。水質が改善されれば、またじょじょにメニューも戻るだろうから、改善されていないとよそおうために、毎回排水分析を買って出ていた、と」


「ハイ……」


 島津さんは、怒った顔のまま、あきれたように大きなため息をついた。

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