第5話 そして専門用語は覚えられない
暑さとヘルシーメニューに身も心も
そうすると、うっかり分析装置を操作している島津さんのところにすすっと寄っていってしまって、「今、何してるんですか?」などと声をかけてしまう。島津さんは、作業の手を止めずに、答えてくれた。
「これはね、液体クロマトグラフといってね。液体中に含まれている物質の種類やその量を測定することができるの。今は排水の中に
「……へぇー」
聞いたはいいけど、ちんぷんかんぷんだ。島津さんは、その液体なんちゃらの装置から離れると、次は隣の装置を触りだした。こちらは結構デカイ。聞いてないけど、これも解説してくれる。
「こっちは
「元素って、
「そう、それそれ! そっかあ。だいぶ
また子供
「つまり今、島津さんは、いろんな装置を使って、排水の分析をしてるってことですね?」
「正解! コレは外部から依頼されたものをやっているけど、もちろん、この工場から出る排水もちゃんと、国が決めた基準を満たしているか、週に一度、分析してるわよ。ここ何ヶ月かは基準値をこえてしまうことが増えて、最近は毎日やらされてるけど」
そして島津さんは「あ、」と言って、キラキラとした笑顔で僕を見た。
「これから
キラキラの笑顔は僕の目からみた印象だけのものかもしれないけど、それは置いとても、答えはもちろんイエスだ。心にシャキッと気合がはいった。
島津さんは岩城さんにも声をかけ、大きな
自分が、
いつもは前髪で
歩いている間に、排水分析を主に担当している岩城さんは、色々と解説してくれた。また定位置にもどった前髪のせいで目もとは見えなくとも、明らかにドヤ顔をしているのがわかる。
「水を
「へー」
「有害物質といえば、例えば、カドミウム、シアン、
「へー」
「有害物質だけじゃなくて水質を悪化させるものとして、
「へー」
「浮遊物質は読んで字のごとく水に浮いてる固形物で、
「へー」
「有害物質が入ってないかどうか、様々な分析装置を使って確認するんだ。液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーや
「へー」
「聞いてないだろ」
「へー」
「島津さんの誕生日は三月三十一日」
「へー……え!?」
最後にすごく重要な情報があった気がするけど、溶けそうな暑さのなか、専門用語いっぱいの話を聞いたって頭には入らない。つまり、工場から出してる排水が汚なすぎないかどうかを調べてるんだよ、ということだけはわかった!
目的のマンホールに到着すると、岩城さんが先の曲がった鉄棒を使ってマンホールを開けた。
「岩城くん、採水の様子、一応見せてくれる? 問題ないとは思うけど」
「はーい」
岩城さんはマンホールに流れる水に目を
岩城さんはそんな中でもなるべく
「でも……これってズルじゃないんですか?」
僕は思った事を言った。
「だって、実際はこんなに汚れているのに、キレイそうなところばかり
島津さんと岩城さんは苦笑いだ。
「わかってるんだけどね。でも、サンプリングの現実ってそんなものだったりするのよ。全部が全部とは言わないけど。
分析屋はデータを出すだけ。そのデータを使うのは依頼者で、依頼者の頭の中には“こうあって欲しい”結果があるのよ。
分析の過程や出てきたデータは依頼者側はごまかせないけど、サンプリング時点やデータの
知ってはいけない大人の事情ってやつを
分析室に戻ると、冷たい空気が出迎えてくれた。三人ともが、「はぁああ」と暑さから解放された嬉しさをもらす。
岩城さんは汲んできた排水の
「ここのところ毎日、岩城くんに排水の項目ほとんどをやってもらってるから、今日からお盆休みまでは、私が全部やるわ。
「いや、俺やりますよ!」
「でも、最近、コレのせいで残業多いでしょ?」
「残業代稼ぎたいですし! やりますって」
「排水以外の経験も積んで欲しいしね?」
こんな感じで、ああだこうだと言い合っていたが、結論としては岩城さんが折れて、島津さんがやることになったようだ。
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