第4話 そして総務課の暗躍を知る

 食堂のメニューから揚げ物が消えてから一週間。僕は夏休みに入った。

 特に予定のない日は昼ごはん頃の時間から工場に行き、涼しい分析室にびたって、宿題をしたりゲームをしたり、読書をしたりして過ごしている。

 なるべく仕事の邪魔にならないように、と思いつつも、分析室の作業には興味をかれるものがあった。学校がある間は、僕が分析室に着く頃にはもうほとんどの人が作業は終えて、結果をまとめるパソコン仕事や後片付けをしていることが多かったのだ。

 白衣を着た分析チームの人たちがガラス器具に薬品を入れて理科の実験みたいな事をしていたり、いろんな分析装置をあやつっている姿は、なんだかとてもカッコよく見えた。


 それと同時に、何者なにものでもない、なにもできない、ただの中学生であることが、だんだんと、どうにもいたたまれない気持ちにもなってきた。

 当然だけど、本来僕は部外者で、ここにいるべき人間じゃない。それはわかっているけど、この疎外感そがいかんみたいなものを払拭ふっしょくしたくて、僕にだってやれることはあるはずと、手伝える事を探した。


 ──ビーカー洗うくらい、できるんじゃないかな?


 僕は理科室みたいな部屋の流しにまっていたビーカーに手を伸ばした。


「あ、だめだめ!」


 白衣の女性社員が大声で言った。僕はびっくりして手を引っ込める。


「放置してたわたしも悪いけど、何がついてるかわからないビーカーを素手すでさわっちゃだめだよ! それに、コンタミ……つまり不純物ふじゅんぶつが入らないように、ガラス器具の洗浄って食器みたいに洗えばいいってもんじゃないのよ」


「ご、ごめんなさい……」


「怒ってないよ。だけど、分析室にあるものは、ビーカーひとつでも勝手に触らないでね」


 結局さらに疎外感をつのらせて、僕は定位置、フリースペースのデスクに戻る。島津さんと一緒にいたいがためにココに来ているけど、どうあったって僕は邪魔者だよなぁ、なんて思いつつ、ぐでんと机にして大きくため息をついた。



 今日は終業のチャイムまで、ねた気持ちで部屋のすみっこにいたが、食堂に行くとしずんだ気分にさらに追いちをかけられた。


 カレーにも、ラーメンにもバツがついている!

 やけ食いすらできないなんて!


 そして、バツの増えた入り口のメニュー表の横に、なにやら昼にはなかったポスターが貼られていた。

 木製のオシャレな器にセンスよく盛り付けられたサラダや野菜中心のお惣菜そうざい。メインはカロリーが低そうな、でたとりの胸肉かササミに、なにかのソースがチョンチョンとかかっているもので、ご飯も十穀米じっこくまい

 そんな、女子が喜ぶランチみたいな写真の内容が、本日の定食だ。いや、定食とは書いていない。dinnerディナー plateプレートなどと、これまたオシャレな書体で書かれているのだ。ここは表参道のオシャレカフェか!……行ったことないけど!


 でも、ためしにたのんでみようかという人たちは多いらしい。定食を提供するカウンターにできた列は、まあまあ長い。島津さんと僕も新メニューを食べてみることにして列にならんだ。


 かくして、提供されたdinner plateの現実はどのようなものだったのか。明日には頼む人が激減げきげんするものと断言できる。

 僕はポカンとしたし、島津さんと、列で一緒になった西川さんは大笑いしていた。彼女は、島津さんと同期の女性社員。今日の夕飯はこの三人で食べることになりそうだ。


「カフェごはんっていうか、刑務所ごはんだね、これじゃあ!」


 西川さんがケラケラと笑いながら言った。刑務所ごはんはみょうだ。ヘルシーでカロリーの低そうな野菜中心の惣菜いくつかと、ちょっとした肉は、写真のようなオシャレなうつわにオシャレに盛り付けるから見栄みばえがするのであって、食堂のプラスチックのダサい器にテキトーに入れたらオシャレのオの字もない。ただの貧相ひんそうな夜ご飯だ。


「こういうカフェごはんもどきみたいなのって、だれが企画するの? 西ちゃん、総務課なんだから知ってるんじゃない? 」


「食堂のメニューを決めるのって、食堂の人じゃないんですか?」


 島津さんの問いと僕の疑問に、西川さんは答えた。


「食堂のメニューは私たち総務課と、食堂を運営してる会社が一緒に決めてるんだよ。食堂のおばちゃんたちは、その献立こんだてにしたがって作ってくれるの。

 このdinner plateはたぶん、堀場ほりばさんが考えたんじゃないかなぁ? ナチュラルとかロハスとかボタニカルとか、そういう用語大好きだもん」


「堀場さんて、たしか総務課の美人なお局様つぼねさまね?」


「そうそう! 取締役とりしまりやくをも手玉にとって影であやつるとうわさのって、あ……」


 取締役の一人である工場長の息子と目があったものだから、西川さんはばつが悪そうに笑って「工場長は別よ?」と言い足した。そうやって気を使われるのもなんだかなぁ。

 実際、どこかでヘルシーメニューに感化された親父のつる一声ひとこえって可能性もある。最近はだらしなく腹が出てきているみたいだし。


「でもいつも献立は、季節の変わり目あたり……だから、数ヶ月に一度、ちょっと見直す程度よ。こんな、揚げ物が一切なくなるなんて極端きょくたんなことはどうして起こったんだろうね? ちなみに総務課の一部での有力候補ゆうりょくこうほはアレだけど」


 西川さんはそう言って食堂に貼ってあるポスターの一つを指差した。ウォーキングをしている女の子の写真とともに「健康促進月間けんこうそくしんげっかん」と大きな文字が書いてある。“月間”とか言いながら、年中貼ってあるやつだ。


「今年の春の健康診断でメタボにひっかかった人、例年より多かったらしいのよ」


「総務課って健康診断の結果まで知ってるの⁉︎」


 島津さんはちょっとひき気味だ。西川さんはそれにケラケラ笑って


「健康診断の結果ってほど詳細情報じゃないみたいだけど、知ってるひとは知ってるみたいよぉ?」

 と、答える。


 総務課って、一体何の集団なんだろう……?

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