第3話 そして唐揚げはなくなった

 十八時、終業のチャイムが鳴った。それまでに無事、宿題も終わって、僕はうーんと伸びをする。


「島津さん! 夕飯食べにいきましょう!」


 一回振られたくらいじゃ、僕はめげない。いつも通り島津さんを夕飯に誘った。誘ったっていっても、いきなレストランじゃなくて、工場の食堂だけど……。島津さんは、僕の告白などなかったかのように、いつも通り「はーい」と返事をして、パソコンを閉じた。



 僕の夕飯は毎日、工場の食堂だ。工場は二十四時間稼働かどうなので、いろんな時間帯で働く人のために、食堂は朝、昼、晩の三食を提供ていきょうしている。

 父親はここで工場長をしていて忙しく、当然僕の食事を用意する暇なんてないし、ここで食べて帰れば安くすむ! ということらしい。次期社長のくせに、ものすごいケチなのだ。

 息子に社員食堂を使わせるくらいのケチっぷりだから、お手伝いさんは最低限の掃除を頼むだけ。また、諸事情しょじじょうにより母親はいない。


 もとはといえば、夕飯を食べるために毎日学校が終わると工場に渋々しぶしぶながらかよっていたのだが、ある時、島津さんと出会って僕の世界は変わった。

 ──いや、余計に悲しくなるからその回想は今はやめておこう。


 島津さんも、社員割で自炊よりも安くすむからと、夕飯はいつも社員食堂で食べていた。そして僕はほぼ毎日、図々ずうずうしくも島津さんが誰と一緒にいようと、隣か向かい側を陣取じんどっていた。嫌な顔ひとつしないでそれを受け入れてくれるところも、彼女のことが好きな理由の一つだ。


 今日は何を食べようかと食堂入り口のメニューを見た。

 日替わり定食は煮魚だ。魚の気分じゃないなぁ、と、唐揚げ定食を頼もうと思うも、通常メニューにあるはずなのに、今日はバツがついていた。


「ええ! 今日、選べないメニュー多くないですか?」


 唐揚げだけではない。カツ丼もない、チキン南蛮もない。なんだこれ?


「あー、ほんとだ。あっさりメニューばっかりね」


 島津さんも、そのほかの食堂に夕飯を食べにきた社員みんなが、メニューを見てバツの多さにびっくりしていた。


 がっつり食べたいざかりの僕はがっかりしつつ、カレーの大盛りをたのんだ。トッピングのコロッケもバツ。島津さんはうどんを頼んでいたけど、よく山盛りに乗せていた揚げ玉は、薬味コーナーから消えていた。


 なんだこれ? 僕はカレーを受け取りながら、食堂のおばさんに疑問をぶつけた。


「なんで、今日はこんなに頼めないメニューが多いんですか?」


「今夜から、ものをしてないのよ。総務課そうむかに、しばらく揚げ物なしって言われたらしいよ。おばさんはよく知らないけどね」


 島津さんは「あぁ、なるほどー」と納得なっとくしたようなことを言っていたけど、僕は納得できない。なんで、一存いちぞんでいきなり揚げ物がなくなったんだ!


「これは、由々ゆゆしき事態じたいですよ!」


 コロッケのないカレーを食べながら、僕は憤慨ふんがいした。


「しばらくってどれくらいだろう? これから僕は毎日、何を食べればいいんだ⁉︎」


「ダイエットにはいいかもね。そもそもこう暑いと、あっさりしたもの食べたい人も多いだろうし……」


 全然ふとってないくせに、島津さんはそう言いながら、のんきに揚げ玉なしのうどんをすする。


「島津さんは、何か知ってるんですか? 揚げ物がなくなった理由」


「予想はついてるよ」


「え! なんで⁉︎」


 島津さんは意地悪いじわるそうにふふふ、と笑った。


「でも言わない。犯人あつかいされたくないもの」


「島津さんも関わってるんですか?」


「そう思う人も、いるかも?」


 なんだかはっきりしない返事ばかりだ。わかっているのに教えてくれないなんて、ひどい。

 でも、揚げ物が消えた謎に答えがあるなら、それを突き止めれば唐揚げ定食を復活させることができるはずだ。その時だけは存分に立場を利用して、食堂に圧力をかけてもらおう。

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