第12話-コースケのお料理

ジョセフは俺の隣で俺のやる事を興味津々でずっと見ていた。暖炉はパチパチと薪を燃やし幾分か炎を落ち着かせてきた頃だ。そこには、先程鍋に水を入れて湯を沸かし始めていた。

俺は包丁を洗い水気を取りながらジョセフに問いかけた。包丁とい言うよりはナイフに近い刃物だ。よく切れるので使いやすそうだ。

「胡椒とか蜂蜜とかすぐ手に入るもんなのか?」

サラサラとじゃがいもを剥きながら聞く。その様子をジョセフはじっと見つめてくる。

「自由貿易の港町ですから、関税が掛からない分入ってくる品も多種多様で、沢山入ってきますし、他より安く手に入ります。俺が持ってる物はご婦人方からの貰い物が殆どですけど。」

「へぇ。貢がれてんだなぁ。」

人参を切りながらニヤリと笑いジョセフを冷やかしてやると、彼は困ったように笑った。

「まぁ、客商売ですからね。気に入られてるのは助かりますけどね。」

「なんだ、モテすぎて困るってのか?」

「あはは。」

ジョセフは笑って誤魔化してくるので、クスリと笑った。

モテすぎるのも考えものか。


付け合わせの野菜の下準備が終わると俺は調理場のスペースにまな板を広げてまずは一匹目の魚を置いた。大きくて見たことのない魚だ。

まぁどんな魚でも大体の捌き方は変わらないだろう。

「魚捌くぞ。お前そこに居て大丈夫か?」

笑ってジョセフを見ると、ジョセフはにこりと笑う。

「血の匂いは嫌いですけど魚の匂いは大丈夫です。」

「そか。ならいいな。」

まな板にいる魚が1匹の他に小ぶりの魚が2匹。2人で食べるならまぁ充分だろう。

血抜きして腸抜きと鱗は取ってくれている。


「もう調理するだけにしたんですけどまだ何かするんすか?」

ジョセフは俺のする事が物珍しいのかそばを離れない。

「まぁ見てろ。」

俺はふふん。と笑う。

皮引きとか、三枚おろしとか見たことあるだろうか。

慣れた手付きで大きな魚を3枚に下ろしていく。なるべく小骨も取って丁寧に。

魚の生皮をザッと剥ぎ取り、大きな魚は身だけになる。

「おー!料理人みたいですね!」

「皮引きとかあるのか?」

包丁を洗いながら聞くとコクリと頷いた。

「はい。普通は専用の道具を使うんですが、コースケは包丁一本でやっちゃうんですね!器用です。」

「小遣い稼ぎに働いてた店の魚屋のオッサンがな男も料理できねぇとモテねぇぞーって言って色々教えてくれたんだ。ていよく仕事手伝わされてただけだったけど、役に立ってるから感謝たな。」

暖炉でふつふつと沸く鍋の湯に骨とぶつ切りの魚を入れ千切り生姜を入れて煮込む。

「本当は醤油とかあったらいいんだけどな。味は塩のみだ。こっちは吸い物。そんで、この身は…」

下ろした魚は一口大な切り、塩と胡椒をふりかけて小麦粉をまぶして、熱した平たい鍋にオリーブ油とニンニクと香草を入れて香りをつけると切った人参とじゃがいもをフライパンに投入し、隣に魚も入れる。

それを暖炉に置いてあるゴトクに乗せて熱を通す。しばらくすると、ジュージューと音がし始めた。

ジョセフはじっと俺のやる事を興味津々に見ている。

「ねぇコースケ、シヨーユって?」

「しょうゆな、俺が居た国では毎日使う調味料なんだ。豆と麦を煮て発酵させて塩水をくわえて更に発酵させた液体。風味が良くてどんな料理にも使える。」

「それって家で作れますか?」

「麹菌が必要だったり湿度や温度管理が必要だったり、結構デリケートなんだ。魚醤ならできるんじゃないか?暑い夏なら出来ると思うぞ?ガルム…だっけ?」

「ああ、ガルム!コースケは物知りですねぇ。」

ジョセフはうんうんと頷いて感心したように料理を見ている。

「魚屋のおっちゃん知識だ。俺もお前と同じ質問したからな。醤油って家で作れるか?って。」

日本なら作れなくはないが色々揃えるのが面倒でやめたのだ。ガルムは作った夏が冷夏すぎて失敗し、それ以来挑戦していない。

疑問に思ったら取りあえず調べずにはいられない性格のせいか気付けば尖った知識が色々と身に付いている。意識した事は無かったけど、無駄では無かったのかなと内心嬉しく思った。

「できたぞー!皿に盛るぞ。」

「はーい。」

ジョセフは大皿を取り出してくる。テーブルに置かれたそれに俺が湯気の立つ料理を盛り付けていった。

出来上がったのは、魚の香味焼と野菜の素揚げ。

あら汁は塩と生姜の味と魚の出汁のみの味付けだ。

魚の皮はコンガリと残った油で揚げて塩を振って完成だ。

時間的にはお昼を少し過ぎたくらい。

ジョセフがスプーンとナイフを準備してくれる。

魚料理を並べて、ビールで乾杯する。

「イタダキマス。」

ジョセフは丁寧に手を合わせると、香味焼きをサクッと口に運ぶ。

その姿に俺は自然と笑顔になる。俺を理解してくれようとしている姿勢だ。嬉しくないはずがない。ジョセフの反応をじっと見つめてしまう。口に合うだろうか。

「どうだ?」

「美味しい!なんだか祖母の料理を食べてるみたいです。本当に美味しい。スープも美味しいです。すごい。こんな透明なのにしっかり味がある。美味しい!」

ジョセフはニコニコと笑いながら食事を楽しんでいる。作って良かった。

俺は嬉しげに微笑む。

そうか、やってあげた事が喜ばれる事ってこんなに嬉しいんだな。


俺も手を合わせて、「頂きます」をすると、一緒に昼食を楽しんだのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る