第7話-調香室と淡い想い
コースケは本当に良い香りがする。
出会った時など、ついつい声を掛けてしまったほどだ。
一目見て、立ち振る舞いや顔立ちからこの国の人ではない事は分かった。だが言葉は流暢に喋れていて、それでいてこの土地が分からないと言う。
変な人だなとも思った。
何か考えては言おうとして、口を継ぐんではまた考えて。俺を驚かせないように、言葉を選んでいる様子は、優しさや気遣いを感じる。悪い人ではない。
悪い人にむしろ騙されてしまう人種のように思えた。
浮かない顔で不安げなコースケが心配で、家まで連れてきて、沢山話をした。
話を聞けば未来から来たと言う。にわかに信じられないが、確かにコースケからは知らない香りばかりが香って、着ている服も貴族のようで少し違う。だから俺は納得したのだけど、彼は驚いたように俺を見ていた。
彼は女性向けの商品であるレースやリボン、生地などが置いてある場所を熱心に見ていた。可愛いものが好きなのかもしれない。
俺にとってはただの夕日も彼にとっては違ったようで、目を輝かせて海を眺める様子は、とても可愛くみえてしまった。
コースケの持っているもの全てが珍しくて、服を着替える様子を眺めていたら、顔を赤くして追い出されてしまった。
可愛いなぁ。飾り立てない可愛さというか、男相手に何言ってるんだと思うけれど。
俺は調香用に使っている部屋にランプを点けて暗くなりつつある部屋を照らすと、部屋のテーブルに寄りかかる。
「夕食どうしようかな。パンとチーズとワインで大丈夫かな…。」
コースケは普段どんなものを食べていたんだろう。
どんな生活をしていたんだろう。
社会の事は聞いたけれど、コースケの事はあまり聞いていない。夕食の時に聞いてみようかな。
「おーい、ジョセフ。服、こんな感じでいいか?胸のとこの紐ってどうするのが正解かわからん。」
困ったようにコースケが言う。
紐の結び方に正解などない。好きにすればよいのだが、彼の中ではそうでは無いらしい。
「コースケいらっしゃい!それでいいんじゃない?可愛いですよ。」
試行錯誤の上で蝶々結びになった胸元の紐を見てにこりと笑う。
「可愛いってなんだよ。」
ちょっと恥ずかしそうにしている。それがもう可愛いのに、気付かないんだなぁ。
「んで何を手伝えばいいんだ?」
気を取り直して、すたすたと部屋に入ってきたコースケは俺の前に立つ。
服を着替えると、よりいっそう良い香りが際立つ。
花の香りに似ているが鮮明に花という訳ではない。なんだろう。正体が気になって仕方がないのだ。
「あなたの香りを嗅がせてもらって良いですか?」
「ああ、あれかインスピレーションがどうとかってやつ。」
コースケは嫌そうにはしてないない。
俺はホッとする。
「そうそう。あと、貴方のいい香りが何からくるのかも知りたいなって。ゆくゆくはこの香りを香水で表現してみたいんです。」
そう、これが最終目標だ。この香りを香水にしたい。
「……俺そんなに匂うか…?
コースケは自分の腕をすんすんと嗅ぐ。
その姿に、無意識に彼に近づき首筋に鼻を寄せた。
「ぅわっちょ、ジョセフくすぐったい!」
「コースケすごく良い香りなんですよ?俺しか分からないのなら、透明な香りなんでしょうね。」
すぅぅっと香りを吸うと、すごく落ち着く。
「なんだろ…どこからくるんだろ…透明な花なんです。甘い香りがするのに形がない…」
「ちょ、ジョセフ、いつまで嗅いでるんだよっ」
コースケが身じろぎするので、俺は彼の腰を抱く。
「もうちょっとだけ…」
抱いた腰は、思ったよりも細かった。
コースケは何も言わずに黙って終わるのを待っている。
鼻先や髪が触れているのが擽ったいのか、俺が動くたびにピクリと身体が跳ねる。
男相手…なはずなんだけど。可愛いなぁコースケ。
チラリと顔を覗き見ると、恥ずかしいのを我慢しているのか、顔を赤くしてキュッと目を閉じている。
俺はクスリと笑ってしまった。
「はい!ありがとうございます。今日はここまでにしときますね。」
ぱっと離れると、コースケが目を開いて、ちらりとこちらを見る。
「おわり?」
「今日は!おわりです。明日からも毎日お願いしますね。」
俺がにこりと笑うと、コースケはため息をつく。
「ん、わかった。香水、出来たら俺も自分がどんな匂いなのか分かるし協力する。ほんとわかんね…そんなにいい匂いするか?」
自分の香りに興味はあるようで、また、すんすんと自分を嗅いでいた。
ふふ。可愛い。
「あ、夜ご飯、パン焼いてチーズ乗せたやつと、ワインでいいですか?」
夕食の話をすると、彼の顔がぱぁっと明るくなる。
「いい!いい!それがいい!」
「わかりました。準備しますね。」
俺はにこりと笑い、台所へと足を運んだ。
コースケは食べる事が好きらしい。
新しい発見にふふっと笑みが溢れた。
祖母が亡くなって一年、
こんなに楽しいのは久しぶりだった。
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