第4話-ジョセフのお家

海の見える丘の上、小さな一軒家がジョセフの家だ。


彼はマッサリアの都市の中心から少し離れた郊外に住んでいた。海の見える少し小高い丘だった。


遠くから教会の鐘の音が聞こえる。


ジョセフは馬車を敷地に入れながら話してくれる。

「祖母から譲り受けた家なんです。ここで暮らしながらご婦人方にレースやリボンを売ってまわってます。たまに香水なんかも。」

へぇ。

「街中には住まないのか?」

「都市の中心は買い物とか用事がある時に行くくらいかな。治安もあまり良く無いですし、なまじ鼻がいいもんで、あまり街中は。」

困ったようにジョセフが言う。


「へぇ、大変なんだな。」


中世ヨーロッパの街は上下水が整っておらず、放り捨てられる糞尿で街中は激臭だったと何かで読んだ。19世紀後期になってようやく上下水の整備が整い始め、街中に給水所が設けられるようになった。


この時代はどうなのだろうか。そもそも俺の知識が通用するかも怪しいけど。


ジョセフは荷馬車を敷地内に停めると、馬を馬屋に繋ぎに行く。


俺は異国の地が珍しく、見慣れない景色をキョロキョロと見回る。ジョセフの家は崖の淵にあり、申し訳程度積まれた煉瓦の塀の向こうは見渡す限りの海が広がっていた。

「すげぇ、海、綺麗だな」

まるで空が落ちてきたような鮮やかな空色の海だ。日本では見られない岩だらけの土地。岩の間から木々が力強く生えている。


ふと庭を見ると木が数本植っていてまだ青い小さな実が付いてる。


屋根の下には水瓶が数個置いてあった。石造りの一軒家だ。海外の古き良き民家という感じ。


「コースケ!」

ジョセフの声がする方を見ると、扉の前で手を振っている。招かれるままに部屋に入る。

「へぇ、可愛い家だな。」

一階は食卓の部屋とキッチン、作業部屋がり、家の反対側がお店になっていた。


玄関を入り廊下を真っ直ぐ行けば商品管理室があり、左右の部屋作業部屋のようだ。西の海側は使われてなく、東が調香室になっている。管理室を抜ければ店舗がった。


「2階もあるのか?」

階段の上をじーっと見つめる。

「2階は寝室です。」

ジョセフは問われるままに答えてくれた。

とても男1人の家とは思えない。

ドライフラワーや、レースのリボン、可愛らしい布、裁縫道具などが沢山ある。

正直、ワクワクしてしまってる自分がいた。


「この部屋は何も無いのか?」

「祖母が作業部屋に使ってたんですが、もう居ないので。」


いい眺めの部屋だ。真っ青な海と空がとても綺麗だ。

あちこち見て回っていると、後ろからジョセフがふふっと笑っている。

「な、なんだよ…。」

「いや、なんだか貰われてきた猫が部屋を見て回っているようで。」

ジョセフは壁に寄りかかりながら、おれの動向を観察する。見られていると思うとやはり恥ずかしいもので、少し視線を逸らした。

「悪かったな。まぁでも状況は似たようなもんだろ?」

確かにキョロキョロと落ち着きなく歩き回る様は、まるで初めての場所に来た猫のようだと自分でも納得してしまう。

けれど、こんな経験できるもんじゃないし、ジョセフには悪いが興味は尽きない。あちこちが物珍しい。



次はキッチンへ行ってみる。

キッチンは居間を挟んで奥の部屋にあり、裏口もあった。東側の1番奥がキッチンだ。


キッチンは広めに作られ、木のテーブルが一つに丸い椅子が二つ。石畳の延長線で壁に大きな暖炉が設置されていた。日本でいうなら囲炉裏で調理する感じだろうか、鉄製の引っかけには鍋がかかっている。右の窓際には鉄板付きの釜戸のあるストーブと調理スペースがあり、水瓶も置いてある。南向きの窓には可愛らしいレースのカーテンが揺れており柔らかな日差しが部屋に差し込んでいた。

戸棚にはたくさんの調理器が重ねられ置いてある。

「水道は通ってないのか?」

「水道?…ああ、首都の方では一部通ってますよ。ここは郊外だから家には通ってません。近くに共用の給水所があるので、そこに汲みに行くんです。」

「そうなのか。」

暮らしから見て、そんな昔じゃない。19世紀くらい?俺は海外に住んだ事は無いので、本やネットで聞き齧った事くらいしか知らないから正確な事はわからないけれど。日本だと大体、明治とか大正とかそのくらいの時期だ。

「へぇ。面白いな。」

キョロキョロと見て回る俺をジョセフは楽しげに見つめる。


キッチンの隣の部屋は扉を挟んで

「コースケはここの暮らしに凄く興味があるみたいですね。」


「うん。俺の知ってる事と一致してるかなってな……。知ってたらここのがどこが分かるかもしれないだろ?」

ジョセフはなるほど、と納得したようだった。

「じゃあ、俺はこの世界の事教えますから、コースケは俺にコースケの住んでた場所について教えてくれませんか?」

ジョセフはにこりと提案してくる。俺は暫く考えて、ジョセフを見て、コクリと頷いた。


「そうだな。お前なら話しても信じてくれるかもな。」


「逆に俺くらいですよ。信じる人!そこ座って下さい。コーヒー入れながら聞いてもいいですか?」

ジョセフは俺にテーブルの横にある丸椅子を勧めてくれた。

「キッチンですみません。隣が食卓と応接間兼ねてるんですが、俺一人になってからは、食事もここなんですよね。隣の部屋に移動するの億劫で。」

「いいんじゃないか?男一人暮らしって感じで。」

俺は丸椅子に座りながら言う。

「そうですか?ふふ。」

ジョセフは楽しげに笑ってポットを取り出して水を注いだ。

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