第3話-恋愛講座と調香助手
「コースケはどこまで覚えてるんですか?」
俺が名前を覚えていたことで、ジョセフは俺の記憶がどこまで欠落しているのかが気になったようだ。
「今いる世界全部が分からないんだ。」
「世界…?じゃあ、コースケの知ってる世界について教えてもらっても?」
話しても良いのだろうか…。あなたの住んでる時代から100年?200年?もしかしたら1000年くらい先から来たっぽですって?俺がジョセフの立場なら、コイツ頭がイカれてるんじゃねーかと思ってしまうだろう。
「…俺は、自分の親も兄弟も友人も覚えるんだ。ここに来る前の記憶は、友人といざか…酒場で飲んでた記憶で、その後、穴に落っこちてここに…。」
「コースケはおっちょこちょいですか。なるほど。」
ジョセフはふむふむ。と納得している。
「何納得してんだよ。」
抗議するように俺が言うと、戯けたようにジョセフが笑う。
「やだなぁ、冗談です。あ、じゃあ、この近くの酒場に行ってみます?何か思い出すかも。」
「あ、ここの酒場じゃないんだ。まず…多分、国が違う。」
「国?国外から来たんですか?」
「来たというか…落ちたと言うか…?」
俺にもさっぱり分からない。
「ああ、さっき言ってた穴?」
「そう、穴がこっちに繋がってて俺の世界からこっちの世界に落ちて…」
ジョセフはぽかんと俺を見ていた。
「…。」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で、ガシガシと頭を掻く。
「あぁぁ。俺も変な事言ってんのは分かってんだよ。俺だって信じられねぇし…ジョセフの言いたいことも分かる…。なんかヤバいやつ拾ったって思うよな普通…。あぁぁどうなってんだよ。」
頭を抱えてため息を吐く。
ジョセフは少し考えて、何か閃いたように、あ!と言った。
「コースケ!いいこと思いつきました!」
にこにこと笑うジョセフに、俺はきょとんとする。
「なんだよ。」
「俺、嗅ぎ分けが得意なんです。だから、知らない匂いがすれば貴方の言った事を信じれますし、知ってる匂いがあれば辿れますよ!きっと。」
提案をしながら屈託なく笑うジョセフ。
「犬みたいな特技だな。」
「ひどいな!仕事で使えるんですよ?」
ムッとするが、怒っている様子はない。
「それじゃあ失礼します。」
ジョセフは少し俺に近づいてきて、遠慮がちに首から、肩、胸とスンスンと嗅ぐような仕草をする。
「……火薬…じゃないな…煙みたいな匂い…知らない匂い。石…鉄?…あと…紙と…なんだろ…インク?これも知らない。でも、奥からいい香りもするな。」
あちこち嗅がれて落ち着かない。くすぐったくて目が泳ぐ。
「ジョセフ、手のひらまで嗅いでるぞ。」
ジョセフはハッと我に返り手を離した。
「すみません!知らない香りが沢山して…。コースケの言ってた意味が分かりました。なるほど違う世界か。」
俺は驚いたようにジョセフを見た。変人扱いされるかとビクビクしていたが、あっさり受け入れられてしまった。
「信じてくれるのか?」
「信じますよ?だって街の香りも、海の香りも一切しないし。俺の知ってる匂いは草の匂いだけでした。コースケの住んでいた場所は、石と鉄と火薬ぽいけどちがう煙の匂いがする。海や草や木が近くにあまり無い場所。合ってますか?」
「うん、合ってる。すげーなお前の鼻!」
褒めるとジョセフは嬉しそうに笑う。そうして話しているとサァァっと風に乗って海の香りがしてきた。
「着きましたよ。港町のマッサリア!」
岩山に囲まれた港町だ。港には沢山の帆船が停泊していた。
「コースケ、良かったらウチに来ませんか?貴方の匂いすごく興味があるんです。」
「へ?」
俺は自分ばかりが変態かもなんて思っていたが、もしかしてコイツの方がやばいのか??
「あぁぁぁ、すみません。如何わしい意味じゃなくて、僕行商人しながら調香師もしてて、普段嗅いでる匂いに飽きてたんだと思うんですが、コースケの匂いに凄くインスピレーション沸くんですよ。お願いします!元の世界に帰れるまででいいので!!」
調香師…。フランソワ…なんか聞いた事が。
「フランソワ・コティ?」
「…?あれ、俺そっちの名前言いましたっけ?」
いや、あれ…?調べた内容と違う気がする。ジョセフはキョトンと俺を見る。
「ジョセフ、お前今何歳?」
「24です。先月やっと軍隊から帰って来れたんですよ。ここは徴兵制度があって。あ!コースケは何歳ですか!?」
ジョセフはチャンス!とばかりにニコニコしながら聞いてきた。
「俺は26歳…。」
「へぇ、2つ年上なんですね。元の世界に恋人とか居たんですか?」
心ここに在らずの状態をいいことに、ジョセフは聞きたい放題だ。
俺はといえば、フランソワ・コティの事を思い出すのに手一杯で大して気にもせずに答えていく。
「いや、俺振られたばっかだし…。」
「え!なんで!?」
ジョセフが驚く。何で驚いてるのか分からない。
俺は思い出すように考える。
コティって名乗ってたの、もっと先じゃなかったっけ。そもそも調香しはじめたのがもっと先だった気もする。…もしかしたら、俺が知ってるフランソワ・コティと違うのか?
「え、なんて言われて振られたんですか?」
ジョセフが身を乗り出して聞いて来る。
じゃあ、俺が居るのはパラレルワールドなのか。
そんな事を考えながら、俺はジョセフの質問に答えた。
「私の事好きじゃないでしょ?って…いわれ…」
あれ、なんだこのデジャヴな感じは。
はっとジョセフを見ると可哀想な人を見る目で見られている。
「コースケは女心に疎いんですね。」
「う、うるせーよ!!」
「あ!わかりました!俺の調香の手伝いしてくれたら、女性との付き合い方を教えます!俺仕事柄得意ですから!」
ジョセフはそう言うと楽しげに笑った。
そんな笑顔を見ているとこちらの毒気もぬけていく。困ったように笑い、浅く息を吐いた。
「わかった。俺もいくトコ無いしな。よろしく頼む。」
ほんとに犬みたいだな。
大の大人に可愛いなんて言ったら失礼かもしれないが、思ってしまったので仕方がない。
俺はしばらくの間ジョセフの家に世話になる事になった。
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