彼女との日々

『ねえ……どうしましょう。陛下と結婚させられるかもしれないの』


 秘密の花園で、震える手を祈るように組みながら、彼女は私に打ち明けた。

 おめでとうございます、と私は心にもないことを言った。

『めでたくなんてないわよ!』

 彼女が叫ぶ。と、同時に、慌てて艶やかな唇を抑えた。

 感情的に声を荒らげる彼女を見たのは、初めてだった。私は目を丸くする。

 陛下がお嫌いですか、と尋ねると、彼女は『そういうわけじゃないの』と言った。

 ただ、それ以上のことは、何も口にしない。


 私はつい、『気がすすまないのであれば、二人でどこかに逃げますか?』と言ってみた。

 しばらく彼女は黙っていたけれど、やがて口を開いた。


『……あなたが男だったら、よかったのかしら』


 その言葉は私の耳に届いて、目を丸くした。

 言葉にするつもりはなかったのだろう。彼女は慌てて否定する。


『わ、わすれて! ね、あなたの婚約はどう!?』

『ーー様は、私が男であれば、結婚しましたか?』


 私が尋ねると、彼女はうつむく。


『……どうかしら。正直ね、男の人が近づかれると、少し身構えてしまうの』


 結婚して子を産まなければならないかしら、と彼女は言う。


『勿論、それが大事なのも分かってる。でも、何かに追い立てられて、追い詰められる感じがするの。

 もしかしたら、あなたが男であっても、私はダメだったかもしれないわ。……そうね、今の私たちだから、こんな関係を築けているのよね』


 そう言って、彼女は顔を俯ける。まるで月下美人がしぼんだように、覇気のない姿だ。

 男はそれを、「儚い美しさ」と例えるだろうが、私は好きじゃない。しぼんだ花に、一体なんの美しさを見出すというのだろう。

 

『もしもあなたが男であれば、私は結婚を申し込んでましたよ』


 私がそう言うと、彼女はパッと顔を上げた。

 その途端、私の視界は空一面に広がる。花畑の上に寝転んだ形で、私は倒れた。

 花びらと草が肌を撫でる。花の匂いと、彼女の匂いが混ざりあった。


『い、いたた……』

『本当!? 今の言葉本当なの!? 私の空耳じゃない!?』


 今度は、真っ赤になった彼女の顔でいっぱいになった。

 彼女の銀の髪が、まるでカーテンになったかのように私たちを閉じ込める。

 まるで、私と彼女だけの世界のようだった。

『…………うれしい』

 彼女が笑った途端、猫のような柔らかい髪が頬をくすぐった。

 脈の音が、絡まった四肢と腕から伝わる。

 きらりと光るあたたかいしずくが、私の頬に落ちる。何度も、柔らかい頬と唇が触れた。









『…………どうして?』

 呆然と、彼女が呟いた。

 力の抜けた彼女の体を、衛兵たちがおさえこみ、出口へ連れていく。

 うわ言のように、彼女が私の名前を呼ぶ。私はそれを、陛下の隣から見下ろしていた。

『かの麗しき姫君と呼ばれたあの方も、地に落ちましたな』

 どごぞの貴族が、私に媚びへつらうために、彼女が引き起こした不祥事を悪様に言う。それらはすべて、私が広めた根も葉もない噂だ。

 周りの顔が、黒く塗りつぶされていく。ただただ皆、三日月のように口をゆがませて、彼女を中傷していることだけがわかった。

 冠が重いな、と私は思った。

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