彼女との思い出
彼女との出会いを思い出す。
あれはまだ少女だった頃の、慣れない夜会でのこと。シャンデリアの輝きと大勢の人の声、香水の匂いに酔ってしまって、気持ち悪くなって外に出た時だ。
爽やかな風と、白百合の匂いが、月夜の庭に籠っていた。
ちろちろと流れる噴水の近くに、彼女は立っていた。
『どなた?』
水音に溶ける彼女の声を聞いて、私は、硝子玉を少しぶつけたような、そんな囁きのような声だと思った。
声をかけられた私は、とっさに返すことが出来なかった。
切れ長の、星のような瞳。月の光のようなうねる髪。百合を持つ手首は、肌が透き通って血管がうっすら見える。海のように青いドレスは、より肌の色を透き通らせるよう。
まるで、星の女神だと思った。
初めて会う人なのに、私は彼女を知っていた。
幼い頃、何度も前世の夢を見た。
それは、別世界にはゲームという物語が存在し、主人公が陛下と恋をした。前世の私は、そのゲームのファンだった。
だけど既に、陛下には婚約者であるあなたがいた。あなたのことを、別世界では『悪役令嬢』と呼んだ。
あなたが歩けば、まるで流れ星の尾のように人々はついていく。そんなあなたが、まるで地に落とされた天使のごとく、没落するという。
そして、主人公は私だ。
私が選ぶことで、好きなルートを選ぶことが出来る。
例えば宰相の息子だって。清らかな騎士にだって。私はどんな運命を握れる。
その中には、陛下と結婚するルートもあった。
彼女を見た途端、彼女が王妃でなくなるエンディングを、私は見たかった。
出会ったその日から、彼女と私の交流が始まった。
彼女は商家の娘が着るような服を着て、こっそり野原に行くのが好きだった。
『花が、好きなのですか?』
私が尋ねると、『生きているものはなんだって好きよ』と返ってくる。
『でも……今は、民衆は飢えているから、少しでもお腹が満たせる方法を知りたくて』
こうして調べてるの、と彼女は言った。
『小麦に頼らない方法を探してみたいの。その土地に生えている草を調べれば、それに類似する野菜も育つ可能性があるから』
そういった途端、ブゥン、と大きな羽音が響く。開けた空に、丸々く大きな蜂が飛んできていた。
蜂が飛んできて怯える私に、『大丈夫』と声をかける。
『あの蜂は刺さないわ。どうも動いているものにはよってくるみたいだけど』
あの蜂が飛んできてるなら、多分あるはず。
周りを見渡し、あった、と彼女は走り出す。
甘くて優しい匂いがする。白い花を垂れさげ、黄金のような葉をつける木があった。
『ニセアカシアよ。蜂蜜にかかせないし、ニセアカシアが生える土は、痩せた土地でもよく生えるの!』
彼女が、ニセアカシアの木の下へ入っていく。
やっぱり、神様みたい。
花房を髪飾りにして、降り注ぐ黄金の葉の隙間の光を一身にうける彼女の笑みは、うつくしかった。
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