第8話 ライバル(?)退場

 王子の社会科見学は終盤を迎えていた、というより馬車が来るまでの時間を潰すだけだった。


 冒険者ギルドの正面で、王子一行は馬車をただ待っていた。

 王太子の手土産となるギルドの報告書、討伐した魔物の一部を王城騎士団の手柄とする旨を記したものも豪奢な箱に入れて、王子の従者が持っていた。


 このまま何事も無ければと平穏無事を祈った瞬間、ロッシュは思い出した。

 自分がとてつもなく不幸体質だということを。


「ギルドマスター、書類をお持ちしました」


 そう言って王城行き書類ケースを持ったサラの姿にロッシュはヒュッと喉を鳴らす。


「な……なんでここに?」

「その報告書の作成は私が担当だったのでお持ちしたのですが、何か不都合でも?」


 こてっと首を傾げたサラは可愛かった。

 思わずいいひとぶって「何でもないよ」と言ってやりたくなったが、自分は書類を受け取るからサラの最も近くにいるだけで、数メートル向こうにはオーランドと【王子】がいるのだ。


「ありがとう……あのさ、悪いけれどバックヤードに行って紙の在庫を見て来てくれない?」

「あ、もう見ました。在庫は十分です、今月の発注は不要ですよ」

「……泣きたくなるくらい有能だね」


 ロッシュの頭の中を「どうしよう」だけが駆け巡る。

 こうなったら解決策など先ず出てこない。


「……サラ?」


 耳が拾ったオーランドの低い呟きと、そのあと全身を襲ったオーランドの殺気にロッシュは身を竦ませる。


「……“サラ”?その女性は【春歌の聖女】と同じ名前なのだな」


 ロッシュの想像とは異なる自然な、王子らしい威厳のある声にロッシュは唖然とした。

 そんなロッシュの横でサラはスカートの端をつまみ「王太子殿下」と頭を下げた。

 実に自然な庶民の礼だった。


「顔をあげるといい……ははは、顔立ちもどこか聖女に似ているな。そなたの目が青色で、髪が銀色なら彼女そのもの。うん、彼女の妹と言われても不思議ではないほどよく似ている」

「光栄でございます」


 青色の瞳に銀髪の聖女など、どこから来た話しなのかと思っただろうが、華麗にスルーしてみせたサラにロッシュは内心で拍手する。


「この冒険者ギルドは国の誇り、職務に励むように」


 そう言って王太子は頭を下げるサラの脇を抜け、一度も後ろを振り返ることなくギルドの建物を出て行った。


「……マジか」

「青色の瞳に銀髪の女性って誰ですか?」


 狐につままれたような気分を味あわされたロッシュは、肩を震わせて笑うオーランドに一矢報いるべく首を傾げるサラにニッと笑う。


「オーランドの元カノ」

「元カノ……ああ、元恋人ということですね」


 オーランドは「そこからか」と笑って、サラの頭にぽんと手を乗せる。


「正確には前の前の彼女だ。一番新しい元カノは金髪に……青い瞳だったな」


 サラは自分がゆるく三つ編みしただけの朱色の髪を見て、


「私は赤毛に茶色の瞳です」

「俺は黒い髪に灰色の目……悪魔というより死神の姿だな」


「死神にしては温もりを感じる優しい瞳です」

「そうか?それよりもどうしてここへ?」


 サラの賛辞を照れもせず受け入れて、それよりも休みのはずのサラがここに居る理由に首を傾げる。

 そんなオーランドにサラはにこっと笑う。


「お城に提出する書類に不備があったそうで、修正を頼まれました。オーランドさんの御用も午前だけと聞いていたので、よければ一緒にご飯を食べて帰りたいなと」


 ***


「青色の瞳に銀色の髪……私と全く違う色なのに、殿下は暗示にかかりやすいですね」

「王族がそれでよいのか心配にはなるけどね」


 自分で誘導しておきながら呆れたような物言いのオーランドにサラは微笑む


「素直で……ふふふ、可愛らしいと思います」

「思い込みが激しい馬鹿……愚か者ともいう」


 予定通りご飯を一緒に食べ、せっかくだからと食料や在庫切れしていた日用品を買うために街をふらふらと歩いていた二人。


 帰る前にひと休憩と入ったカフェで話に花が咲き、気づけば夕刻。

 赤く色づく太陽が街を赤く染め、サラの髪が輝きを増す。


「嘘つきは神様に嫌われますよ?」

「もともと嫌われている、俺は悪魔だからね」


 オーランドの言葉にサラは楽しそうに笑う。


「そんなことを言うとお酒の神様からのワインが飲めなくなりますよ」

「あ、撤回する。俺は悪い男にはならない」

「冗談です。オーランドさんがついた白い嘘は私を守るためなのですから」


 サラがあの聖女だと聞いた王子は再会を喜び、また何も聞かずに城に連れて行くかもしれない。

 そして城にはサラに毒を与えた公爵令嬢、現在の王太子妃がいる。


「お城の生活はコリゴリです」

「歌えないし、料理も口に合わないんじゃ地獄だよな」


 こくこくとサラは何度も首を縦に振る。


「これだけ可愛ければ貴族の令息なんて軽くひっかけられそうなのに」

「あら、言葉を返しますわ。これだけ格好よければ貴族の御婦人の若いツバメになれますわ」


「……楽しくなさそうだなあ」

「悪銭身に付かずと言いますもの、コツコツと地道にやるのが一番です」


 風が吹けばポキリと折れてしまいそうなサラは、儚げな風情とは裏腹に根性がある。


「何はともあれ……いままで頑張った、頑張った」

「とても嬉しいですわ」


 お返しです、と言ってサラはふわりとオーランドの体に寄り添う。

 道行く人に誤解されるなと苦笑しながらオーランドは背中に回ったサラの手が優しくポンポンと叩く感触を堪能する。


「神様がサラを気に入ったのが分かった」

「どんなところですか?」


 物心ついたときから神様は傍にいたので、彼らが傍にいる理由について考えたことがなかった。


「どこというより全体的だな」

「私の全てを認められたようで嬉しいですわ」


 楽しそうに笑うサラにオーランドは手を差し出す。


「さて、帰るか」


 オーランドの手にサラの手が重なると同時に、二人の足元に光る魔方陣が現れる。


「帰りましょう」


 サラの声は誰もいない、夕陽色に染まる広場にそっと溶けた。

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【水曜日更新】墓場からはじまる第二の人生、聖女と悪魔のほっこりシェアハウス 酔夫人 @suifujin

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