第7話 ライバル(?)登場
「王太子が社会科見学に来るって?」
「“視察”な……子どもじゃないんだから」
オーランドの言葉にロッシュは訂正を入れたが、その顔に浮かぶ苦笑いからオーランドの言葉に同意しているのはバレバレだった。
「この間の魔物討伐に結構人を出しただろ?お前の活躍もあったし、陛下もその辺りを気にしているのだと思う」
「……面倒でしかないな」
ため息を吐きながらオーランドは、その日はサラを休ませようと決めた。
なぜなら王太子は仮死したサラを泣きながら埋葬した【王子】その人だからである。
ちなみにこの辺りの事情は採用時にギルド長のロッシュに話してはある。
「まあ、殿下も【春歌の聖女】は死んだと思っているだろうし、サラを見ても“他人の空似”でいけるんじゃないか?」
「まあ、いけるだろうな」
迷いなく頷いたオーランドにロッシュはガクッと首を折る。
「自分で言っておいてなんだが殿下はすごいな」
「すごいから面倒しかないんだ」
***
「久しいな、戦場の悪魔よ」
「殿下も一切お変わりなく」
八年ぶりにあった二十二歳の男に対して「変わりがない」というのは、「子どもの頃から成長がない」と同意である。
そんなオーランドの嫌味っぽい挨拶への答えから二人の会話は始まった。
「変わったぞ、結婚した」
「そうでしたね、おめでとうございます」
「王太子の私の結婚、妃は公爵家の次女というのに、そんな雑な祝いの言葉を聞くとは思わなかったぞ」
【王子】こと王太子オスカーの口の端がひくついたが、オーランドは一切気にする様子もなくシレーッとしていた。
「先に結婚した私が羨ましいのか?」
「いえ、全く」
王族相手にも忖度や社交辞令は一切なし。
ついでに会話をする気も皆無である姿勢を隠さないオーランドであった。
「よい相手を紹介しようか?」
「結構です」
最初の挨拶からここまでオーランドは最上の礼の姿勢を保っていたが、そのつむじを見下ろすオスカーは全然気分がよくなかった。
なぜならオーランドの態度は、ここにロッシュがいれば「慇懃無礼の見本」と評価しただろうから。
「ひとつ質問を宜しいですか?」
「は?」
オーランドの言葉にオスカーは耳を疑った。
自分に聞きたいことがあるなど、この男が言いそうにない台詞の上位にあったからだ。
「あ、ああ……構わないが」
「殿下はいま幸せですか?」
「幸せか」と問うオーランドの質問にオスカーは内心感動した。
オーランドのことはいけ好かない奴だと思っているが、こうやって相手もしてくれる。
(死んだ聖女を思いながらも王子の義務を果たす俺を慰めてくれるのだな)
「ああ、幸せにやっているよ。だから……」
「それでしたら急いで御帰城ください。新婚の妃殿下がお待ちでしょう?」
オスカーは「心配しなくていい」とオーランドの気遣いを労うつもりだったが、どう聞いても『そろそろ帰れ』としか言っていないオーランドの姿に感動が吹っ飛ぶ。
「私がどこで何をしようがお前には関係ない」
「仰る通りです」
「子どもではないのだからいつ帰城するかも自分で決める。そなたも好きにするとよい」
「分かりました、あと半刻ほどで外はすっかり暗くなりますのでお気をつけてお帰り下さい」
拝礼して去ろうとするオーランドをオスカーは慌てて呼び止める。
「何でだ!?」
「何でだと仰られても……暗い夜道は危険なので早く帰ろうと思います」
「そなたに何の危険があるのだ!?」
戦場の悪魔と呼ばれるハイクラスの冒険者が市街地でそうそう危険な目に合うことなど考えられない。
そんな人っ子一人歩けない治安レベルの街は国としてダメである。
「実は野蛮な戦闘民族の血ゆえに、月をみると無性に暴れたくなるのです」
「なんだその、どこかの英雄物語のような設定は……もう少しマシな設定にしろ」
オスカーのかつてない上手い返しに、オーランドは生徒の発言に満足したアカデミーの教授のように頷く。
「では……」
「“では”と言っている時点で法螺ではないか」
「高貴な方を前にして緊張しております」
頭を垂れてて表情は見えないものの、『ふてぶてしい』を音にしたようなオーランドの態度にオスカーの頭には血が上り、
「よく分かった、私にとっとと消えてもらいたいのだな」
「……」
沈黙は何よりも雄弁だった。
「~~~っ、もういい!帰城する、馬車を呼べ」
「すでにギルド正面にてお待ちです」
言葉と態度、そしてその他諸々で『帰れ』と言うオーランドにオスカーは怒り心頭だった。
しかし、何を言っても負けそうだと感じるくらいの能力はあったのだった。
***
「くそっ、何もかも上手くいかない」
「人生そんなものでございます」
後ろから無礼なことを言うオーランドは無視することにして、オスカーは過去回想に入る。
婚約者ができたのはオスカーが十歳のとき。
彼女は家柄が良く、父王の右腕である宰相の次女だった。
令嬢の持つ肩書には一点の曇りもない好条件だったが、オスカーには気になる点があった。
公爵令嬢は『美人』とは言い難かったのだ。
公爵夫人は嫋やかな美女なのになぜ……そんな解決できない疑問を抱えながら数年。
父親によく似た公爵令嬢は成人を迎えても『美人』ではなかった。
オスカーは荒れた。
何かの所為にするならば、美人を娶り続けた王族の一員に相応しく彼が容姿端麗だったことがいけなかったのだろう。
美形のオスカーは幼少期から同年代の異性にもて、婚約者がいても「それが何?」とばかりにモテた。
そうしてオスカーは王太子である正体を隠し、女遊びに励んだ、それはもう遊びまくった。
それは婚約者である公爵家の令嬢が成人を迎えるまでの限られた自由だったが、期間限定だからこそ燃えるものもある。
オスカーに激アマの彼の母親でさえ知ったら眉間に深く皺をつけ、場合によっては青筋をたてかけるくらい遊びに耽った。
その結果、王太子は呪われた(ただし本人は呪いと知らない)。
王太子の遊び相手であった女性たちは正体不明のオスカーを自分のものにしたがった。
女性たちは彼が自分のものになるように眠るオスカーの頭から髪の毛を抜き、呪いをかけた。
彼女たちはそれぞれ、互いが知らないところでオスカーに呪いをかけたのだが、彼女たちの教本とも言える『これで彼はあなたのもの』という呪いの本は数年前に大ヒットした実用書だったのがよくなかった。
結果、呪いをかけた女性が異なるだけで同じ呪いがいくつもオスカーにかけられた。
呪いによりオスカーは身を引き裂かれるような痛みに苛まれることになった……ならよかったが、所詮おまじないレベルの呪いだったので「少し怠い、体調不良かな」という状態が続いた。
ここでやめておけば良かったのに、期間限定の火遊びは体調不良を吹き飛ばし、オスカーは女遊びに精を出し、その数が三ケタになろうというとき「おやおや、楽しいことになっているな」と復讐の神様が女性たちの呪いに力を貸した。
復讐の神は夫の浮気に悩む女神であり、浮気性の男が嫌いだったのだ。
その結果、呪いに苦しむ【王子】は神殿で【聖女】と出会い、その【聖女】を城に拉致して……とサラが説明した事態になった。
「運命の相手を失くした俺にお前は無礼過ぎる。俺を慰めようとは思わないのか」
「そんなのは時間の無駄ですから」
オーランドの遠慮のない返答にオスカーのこめかみに青筋が立つ。
迎えの馬車のところまで送ろうと思って来た、職務に忠実な自分をギルド長ロッシュは恨んだ。
「運命の相手と言っても、その方の目の色も髪の色も覚えてはいないのでは?恋多き殿下のことです、運命のお相手はたくさんいたでしょう」
オーランドの言葉にオスカーは怒りを感じた。
王城の者たちも同じようなことを言ったが、そう思わせる行動をしていた自分も悪いと反省もあったが、自分が【聖女】に向けた思いは感謝はもちろん恋も間違いなくあったとオスカーは断言できた。
「彼女の瞳は茶色だった」
「殿下、やっぱりお忘れですね。【春歌の聖女】の瞳の色は青色です……こんな私でも知っている有名なことですよ?」
「わ、分かっている」
サラの琥珀をはめ込んだような瞳を思い出しながらロッシュは首を傾げたが、視界の先で自分に向かって唇の前で人差し指を一本たてて見せたオーランドに呆れた。
「彼女の髪の色は赤だ……うん、オレンジを混ぜたような華やかな赤、間違いない」
「間違えております。【聖女】の髪の色は銀色。戦場でも輝く紫が混じった神秘的な銀髪に多くの男たちが見惚れていたから間違いありません」
「お、おう、そうだったな……夕日の中で見た彼女が印象的で間違えた」
当然サラの髪の色はオレンジを混ぜたような赤、朱色である。
「殿下の運命の恋も大したことはありませんね」
「……流石に不敬だぞ?」
「でも目の色も髪の色もうろ覚えではありませんか?」
「えーい、黙ってろ!ヘーゼルの瞳に紫混じりの銀髪、うん、それが俺の聖女だった」
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