第6話 人生のスパイス

 ― 男女の間に友情は成り立つか ―


 この問題に対する正確な答えはない。


 いわゆる「人による」というやつで、例えばサラの場合は「友だちに男性とか女性とかありません」となるし、オーランドの場合は「女でも良い奴は普通に友だち」となる。


 思春期を迎える前に神殿に入り、その後は女性神官に周りを囲まれて育ったサラ。

 幼い頃からサラを見守ってきた神様たちの(悪)影響もあるのか、純真培養のサラの頭上には大きく『無垢』と書かれている。


 一方でオーランドの場合は十代のうちから男女のあれこれを経験済み。

 本人の見た目と『来る者はそこそこ選んで、去るならそこでお終い未練なし』という性格もあって、二十五歳になったいまは何かの悟りを開いたかのように達観している。


 二人の関係を問いただすなら、どちらに問うか。

 オーランド一択だった。


 その結果、オーランドが冒険者連中やギルド職員に食事や酒に誘われる機会がすっごく増え、


「飲みに行かないか?」


 今日もロッシュに誘われた。


「サラの仕事が終わるまでなら構わない」

「仲良しだなあ」


 苦笑したロッシュはオーランドを連れて、キレイどころが集まる冒険者御用達(男限定)の酒場にオーランドを連れて行った。


 ***


「オーランドじゃない」

「オーランドだ~!」


 オーランドが酒場に入ると一瞬ざわめきが消え、直ぐに女性たちがオーランドの周りに集まる。


 露出度高い女性に囲まれてもオーランドの運転は通常通りで一切変化なし。

 「元気だ」「久しぶり」と適当な挨拶を返すオーランドを見ながら、ロッシュは「こいつ、結構通ってんな」とオーランドのこなれた雰囲気に感想を抱いた。


 そんなロッシュの視線の先でオーランドは集まる女性たちを華麗にさばき、ロッシュと並んでカウンターに座る。

 カウンターの中にいる男とは二人とも馴染みだったので、二人は『いつもの』で注文を済ませた。


「ここに来るのは久しぶりなのか?」

「ああ。サラと同居する少し前に来たくらいだな。酒はサラと飲む方が美味いからな」


 神様たち御用達、酒の神様謹上の秘蔵ワイン……美味いはずだ。


 自然と出てくる『サラ』の名前と、おそらくサラとの何かを思い出しているのか、口の端に笑みを浮かべる珍しいオーランドの表情にロッシュはニヤッと笑う。

 とにかくロッシュはオーランドを揶揄いたくて堪らないのだ。


「サラちゃんと随分仲が良いな。誰にでも平等に無関心のローランドがこんなに一人、それも女性に興味を持つなんて初めて見るんだが、本当にサラちゃんとは何もないのか?」

「全く、あんたもそれか」


 台詞の割に口の端に浮かぶのは苦笑いだから、本気で嫌がっているわけではないのだと長い付き合いのロッシュは判断する。


「俺とサラのことをそんなに気にしてどうする。恋仲だったら酒宴でも開いてくれるのか?」

「予算の都合がつけばな」

「へえ。じゃあ、そうなったら報告するよ」


 オーランドの意外な回答にロッシュは首を傾げる。


「そういうってことは、お前はサラちゃんのことが好きなのか?」

「好きか嫌いかで言ったら“好き”だが、それが恋愛感情になるかは分からないな。男と女の関係なんて些細なキッカケで変わるもんだし、キッカケがなく『友だち』や『同僚』という当たり障りのない関係で終わるもののほうが圧倒的に多いから」


 まだ二十五歳の若い身空で、とロッシュは思いもしたが、身に覚えも心当たりも多い意見だったので「まあな」と答えるしかなかった。

 しかし……正直、面白味のない答えではある。


「それじゃあ、ギルド長だけには言っておくか」

「お、なんだ」


 機嫌を直したロッシュにオーランドはニヤッと笑って


「俺とサラはとても仲良しだ」

「……結局は仲良しか」


 ***


 仲良しという点では言えば、サラは神様とも仲良しである。


 神様はサラを心底気に入って慈しみ、その愛情をサラは自然に受け入れている。

 第三者であるオーランドから見ればそれ・・は些か仲良しの範疇を超えている感はするときもあるが、友だちである以上は黙っていた。


「海の神様の歌を歌えば魚が出てきたりするのか?それか魚を獲ってきてもらえるとか」


 オーランドの質問にサラは「それは無理なんです」と笑って応える。


「私のために神様が何かの命を奪うようなことはしません。いくら仲良しでもそれを頼んじゃいけないって……言われたわけじゃないですけれど、何となく感じるんです」


 サラの答えに納得はしたものの、疑問は残る。


「ワインはいいのか?」

「その辺りの線引きは分からないのですが、神様が自ら作ったものは例外な感じがします」


 全ては『なんとなく』。

 その曖昧な感じが、ルールで縛られているわけではない関係、仲良しなのではないかとオーランドは思った。


「逆に命を奪わないもの、蜂蜜や牛乳ならもらえますよ?。ホットミルク、飲みますか?」

「ホットミルクなら、ホットワインの方が良い」

「ですよね」


 笑い合う2人の手に持つカップには湯気を立てる赤いワイン。シナモンやクローブが浮かび、スパイスの香りが鼻をくすぐる。


「神様の歌ってこのスパイスみたいなものだと思うんですよね。無くても大丈夫だけれど、あれば少しだけ人生が楽しくなったり、幸せになったり」


 サラの頭に神様たちが浮かび、思わず笑い声が出る。


「神様たちは陽気な方が多くて、物だって『良ければあげる』って気安い感じなんです。でも、神様たちもどこかで線を引いていて……依存することは許されないんです」

「誰だってそうさ……何だって依存は悪になる。仲の良い友達でも、恋人同士でも」


 オーランドの声音に混じる小さな苦味にサラは気づいたが何も言わなかった。

 これがサラとオーランドの仲良しがゆえに見える境界線なのかもしれない。

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