第5話 「君たち、仲がいいね」
「サラ、ただいま」
男も羨む美形な男が笑う姿に周囲が大きく騒めいた後、水を打ったようにシーンッと静まる。
「美形が勿体ない不愛想」と言われるオーランドが浮かべる微笑みの威力は実に大きい。
しかもその形好い唇が発する言葉が『ただいま』。
同じセンテンスに『サラ』と女性の名前があったとしても、この場にいる女性全員が「自分に言ったのね」と夢を見てしまった。
普段の過ぎるほどの不愛想を熟知している女性たちですらそんな妄想に耽るのだから、美形とは実に恐ろしい。
そんな美形の微笑みをあっさり受け入れるのがサラである。
「お帰りなさい、オーランドさん。あ、依頼書と討伐証明を預かりますね……はい、お疲れ様でした」
サラも罪深い女性である。
その場にいた男たちはサラの柔らかな優しい声で紡がれる『お帰りなさい』と『お疲れ様でした』に、女性陣と同じように「自分に言ったのだな」と夢を見てしまった。
***
このやりとりは冒険者ギルドの日常的な風景なのだが、いまだにこれだけ騒がれるのだから初日の騒ぎは尋常ではなかったのは簡単に想像できるだろう。
サラの面接日。
冒険者ギルドの一日は「オーランドさんが女を連れている!!」と言いながら飛び込んできた男の大声で始まった。
女性たちは一斉に怨嗟の声を上げた。
一方で女性たちの人気を一身に集めるオーランドに彼女ができれば、あぶれた形になった女たちが自分たちに目を向けるかもしれないと男たちは歓喜した。
もちろん、そんなことを口に出すのは格好悪いので内心で。
「どこで見た」
「ザックの店の前」
「直ぐに来るな」
その言葉に再びその場は水を打ったように静かになる。
そして全員が固唾を飲みながら凝視する冒険者ギルドの大きな扉が動いて、
!!!!????
『アハハハ』としか形容できない笑顔を、隣の女性に向けながら入ってきたオーランドの姿に全員が口をぽかんと開けたマヌケな顔を晒すことになった。
「……あの、オーランドさん?」
周囲に無関心なオーランドは一身に浴びる視線を完全に無視していたが、一緒にいるサラはそうはいかなかった。
サラはどんな理由であれ視線が自分(実際には自分の隣)にあるのに気づき、理由は分からないが笑っておこうと周囲に笑顔を向けた。
十代から豊富な女性遍歴を重ねてきたオーランドでも『かなり美人』に分類しているサラの笑顔である。
純真さとはほど遠い男たちも、さっきまでいきり立っていた女たちも、漏れなく全員がポーッと見惚れた。
この日、冒険者ギルドに「とんでもない美形(二人目)」が誕生した。
噂の美形(サラ)を一目見ようと、街の人は
同じ「とんでもない美形」であっても、一人目は不愛想の塊のオーランド。
一方でサラは常に顔に微笑をたたえる、「この女性こそ聖母に違いない」と思わせる柔らかい雰囲気の持ち主だった。
【王子】すらも簡単に落としたサラである。
多くの男がサラに夢中になった(現在進行形で夢中な者も多い)。
さらに、サラの優しさは男たちに「これならいける」と、根拠なしの自信を抱かせる威力があった。
そのため、サラの勤務初日には依頼票を口実にデートの提案が山のようにやってきたが、男たちはあえなく撃沈することになる。
食事はもちろんすぐ近所の店での茶の誘いも「せっかくなのでオーランドさんも御一緒に」と不愛想がついてくる。
サラの表情は「みんなで一緒が楽しい」と言っており、そんな純真な態度からは脈の欠片も見つけられず、その日の夕刻にはサラは男たちの高嶺の花(妄想の対象)になったのだった。
***
「満員御礼だな」
この日も冒険者ギルドには多くの男共が集まり、外が暗くなっても帰る気配がなかった。
それについてギルド員は何も言わない。
だってサラが退勤すればあっさり空席が目立つようになるし、男共がサラの「お帰りなさい」「気を付けてくださいね」「また来てください」という優しい声に癒される気持ちが痛いほど分かるからだ。
男たちの涙ぐましい努力(?)はガタイの良さと相まって「可愛らしい」と他の女性の目に留まり、何組かの男女が恋人関係を築き始めていた。
「よお、ギルド長」
「戻ってサラに直行。仲が良くて何よりだな、オーランド」
男女の仲を表現するとき「仲が良い」という言葉には二つの意図がある。
一つは言葉通り「仲良し」とそのままの意味でしかないが、九割以上はもう一つの「お前たち付き合ってるんだろう」と揶揄う意図がある。
オーランドに対して「お前たち付き合っているんだろう」と存分に揶揄いを込めた言葉を投げつけたのは冒険者ギルド長のロッシュ。
オーランドとは古い付き合いの男だった。
オーランドとサラのように若い男女が「仲が良い」と言われると、照れ隠しで「そんなことない」と即否定するのがテンプレ展開。
その後「何で私は/俺はあんなこと言っちゃったんだ」と夜も眠れずに後悔し続けるまでが流れまでがお約束なのだが……
「おう、仲良いぞ」
照れの欠片も見せず「仲が悪い奴とは同居しないよ」と言い切るオーランドに、ロッシュは「あ……うん、ごめんな」と歯切れの悪い謝罪をすることになった。
仲が良いと揶揄うのは、相手が慌ててくれないと言った当人の大ダメージとなるのだった。
「照れ隠しな感じがありゃ未だいいのに……なんだよ、その素直な仲良し宣言。全面的に肯定されるとダメージでかいんだよ」
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