第4話 ハンバーグと赤ワイン
「美味そうだな」
お風呂場から出てきたオーランドさんの言葉に私は嬉しくなります。
「
「しばらく携帯食しか食べていなかったからな」
「肉詰めパイは冷めても美味しいので携帯食にすることもできますよ。中に野菜をたっぷり入れておけば栄養価も高くなりますし……あ、セロリを入れてしまいましたが大丈夫ですか?」
セロリは独特の香りがするので苦手な方がいます。
孤児院の子どもたちも嫌いな子が多かったのに、うっかりしていました。
「俺の家にある野菜で、俺に食べられないものはない」
良かったです。
セロリに含まれるカリウムは浮腫み防止に役立つので、戦場を行き来するときによく食べ、好きな野菜になったのです。
まあ、今回セロリを入れたのは浮腫み防止ではなくβカロテンの摂取。
しばらく土の中に埋まっていたようなので、細菌やウイルスに感染している可能性があるから感染症を予防しましょう。
「うん、美味い」
「よかったです」
「しかし、城の食事に比べたら質素じゃないか?」
「お城の食事はバターや生クリームを使った料理が多いので胃もたれが……」
質素万歳。
「二十歳の胃でもたれる料理ですよ?お城にいる方にぷくぷくしている方が多い理由を知りました」
「バターや生クリームも嫌いじゃないが、毎日は勘弁だな」
「シンプル・イズ・ベスト。軍隊食にベジタリアン向けの神殿料理ばかり食べていたので最初は肉料理だって喜びましたけれど、何でもかんでも油っぽくしてしまうのは。王子宮の庭に食べられる野草があって助かりましたわ」
***
「ごちそうさん。俺は食後に酒を飲むが、サラも飲むか?」
「飲みたいです」
サラが飲まなくても俺は飲むから返事はなんでも構わなかったのだが、サラの返事に俺の気分もあがる。
「さっき料理にも使ったのですが、このワインを飲みませんか?」
台所に行ったサラがワインの瓶を掲げてみせるから、俺は頷いて棚からワイングラスを二つ出す。
ペアでないことを些か残念に思いつつ、サラから渡されたワインの瓶を傾けて、透明なガラスの中をブドウ色に染めていく。
「めちゃくちゃ美味い。なんだこれ、俺はどこで買ったんだ?」
たまに友人がワインを持ってきてくれることもあるが、俺の家にあるワインは近所の酒店で量り売りされている瓶詰ワイン。
よほど良いものに当たったかと喜んでいたら、
「先ほど酒の神様がふらりと遊びに来られて、ワインをおいていって下さったんです」
……酒の神様、だと?
「首飾りがなくなったから久し振りにお会いできまして。嬉しいからって気前よく、今すぐ飲めるようにと瓶三本と、貯蔵庫に樽を一つ入れておくとおっしゃっていました」
「ありがとう、酒の神様!」
今すぐにでも貯蔵庫に走っていって樽があるか確認したくなる自分を抑える。
まあ、あとで絶対に見に行くのだが。
しかし、マジで美味い。
「神様はいつもこんな美味しい酒を飲んでいるんだな」
「いえ、このワインは神の定期酒宴で飲むワインより三ランクほど劣るそうです」
これより三ランクも上のワイン……想像だけで喉がなる。
「あ、別に出し惜しみしたわけではないそうですよ」
「あ、うん……ごめん、そっちを飲みたかったって少しだけ思った」
「ですよね。でも、そのワインは今年の分を全て飲み干してしまったそうです」
サラの説明によると、酒の神様でも熟成期間を短縮できないらしい。
……秋になるのを心から待ち焦がれていることだろうな。
「大事に飲もう」
「そうしましょう」
***
二杯目のワインを少しずつ、舐めるように味わうオーランドさんを微笑ましく思っていると、
「美味いワインの御礼にいい仕事を紹介しよう」
仕事?
もちろん生きるためにはお金が必要で、そのために働かなければいけないと思っていましたが……
「私は歌えればどこでも良くて、酒場にでも行ってみようと思っていたのですが」
「サラのような美人が酒場で働いたら連日乱闘が起きるぞ」
美人……?
城では「ぼや~とした顔」と言われていたので、お世辞でもそう言われるのは嬉しいです。
「冒険者ギルドが受付スタッフを募集しているんだ。いまは高齢の婆さんがひとりでやっているんだが、そろそろ引退してのんびりしたいらしい」
「冒険者ギルドの受け付け?人気がありそうな仕事ですのに、良いのですか?」
お城の女官や侍従が「働くなら役所が一番」って言っていましたし。
「冒険者は気性の荒い奴が多いから怖がる人が多いんだ。その点サラなら戦場で図体のよい男を見慣れているだろ?四六時中騒がしいから鼻歌歌いながら仕事しようと迷惑にならないぞ」
「ずっと鼻歌を歌っていられるんですか?」
なんて素敵な職場!!
「サラの歌に聞き惚れて連中が仕事しなくなるのは困るけれどな」
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