第3話 風呂場でドッキリ

「ここにタオルと着替えの服を置いておくから」


 風呂場に通じる扉とは違う扉、正式な玄関から入った俺はタオルと着替えを風呂場の扉のところに置く。


「このドレスは洗っても使い物にならないだろうから、明日になったら新しく服を買いに行こう」


 とりあえず声をかけただけで返事は期待していなかったのだが、俺の言葉が終わると同時くらいにガラッと開いた扉と出てきた湯気に思わずギョッと退く。

 ……危機感、ないのか?


「ありがとうございます」


 扉の影からひょこっと出てきた顔からは泥がとれ、『なかなか』から『かなり美人』にサラの顔を改めて分類し直す。

 濡れた白い肩にどきりとしたのは、まあ、ご愛敬ということで。


「申しわけないのですが、当面の生活費も貸していただけませんか?」

「仕事を見つけるまでの生活費は喜んで払うよ。首飾りはそれの何倍も高く売れるだろうからな」


 素人鑑定だけれど、あの首飾りについていた宝石一つでも贅沢せずに慎ましやかな生活を送れば余裕で数年暮らせそうな代物だった。


「悪魔と呼ばれているのが不思議なくらい善い人ですね」

「聖女と呼ばれていたのが不思議なくらい逞しいな」


 初対面の男の家にきて、風呂をすすめられたら普通は躊躇するのにサラは平然として受け入れている。

 別に邪な気持ちはないからサラの態度で一切問題はないのだが……男としては少々複雑だったりする。


「噂っていい加減ですね」

「どいつもこいつも創作意欲が激し過ぎるんだ。空想の神様の仕業か?」

「妄想の神様がいるそうですが、他の神様に『会ってはいけない』と言われています」

「その神様たちに俺も賛成だな」


「そうですか?神様の話は楽しいので続けたいですが、裸のままでは肌寒いので、続きはお風呂を出てからでいいですか?」

「……おう、ゆっくり温まってくれ」


 健康な成人男性相手にこんな美女が「いま裸」といったときにはどんな妄想をされても仕方がないのだが……欲がわくどころか妄想もできない。


 サラは妄想の神様に守られているのかもしれない。


 ***


 オーランドさんの服を着て、精霊たちの力で髪を乾かして準備完了。

 そして脱衣所の扉を開けたらいいニオイ、お腹が空くニオイに包まれた。


「出たか……悪いが俺も先に風呂に行ってもいいかな」

「私でよろしければ、この料理の続きをやってもいいですか?」

「それじゃあ頼む。食材や調味料は好きに使ってくれ」


 王城では料理をさせてもらえなかったので、料理をするのは久しぶりです。

 歌うことが一番好きですが、料理も好きです。


 オーランドさんも料理をする人みたい。

 肉も野菜もたっぷりあって、包丁で野菜の皮をむいているときに私は自分が鼻歌を歌っていることに気づきました。


 ふふふ、自由に歌えるのって素敵です。


 神様たちが貸してくれている精霊たちが台所を動き回り、飛び回る光景は見ていて楽しい。

 彼らは気紛れで、パッと出てきて何かをしたかと思えば、突然パッと消える。


 あの重いだけの首飾りのせいでこんな光景も久しぶり。

 とても楽しい。


 コンロに火を灯して満足気な精霊に笑いかけたとき歌が聞こえてきました……あら?


 ***


「素敵な歌ですわ!」


 思いがけないことが起きると、俺は過去を振り返ってなぜこのような状況になったか考える傾向にある。


 今までの経験に倣って少し前を思い返せば、俺はこの家に他人がいるというのに全く警戒をしていなかった。

 リラックスしていたのだ、この俺が。


 それが原因でサラの気配が近づいていたのに気づくのが遅れた。

 気づいたときには脱衣所の扉が開かれる音がして、風呂場の扉を凍結させる前にガラッと音を立てて扉が開いた。


 その勢いのよさに吃驚した。

 勢いがよ過ぎて、扉が開いた先に肌色多めのサラが立っているような妄想もできなかった。

 妄想の神様の邪魔は続いているようだ。


 過去を振り返っても何の役にも立たず、この状況に向き合う。

 

 なんでこんなに目を爛々とさせているんだ?

 なんだ、歌って?


「先ほどまで歌っていらした歌ですわ」

「歌……俺が?」

「ええ、とってもお上手でした」

「ああ……ありがとう」


 湯気の向こうに見える嬉しそうなサラに御礼をいう全裸の俺……なんだ、この状況。


「続きを歌ってください」

「……風呂から出てからでもいいかな?」


 洗って濡れた髪からしたたり落ちる温い水を手で拭い、こみ上げてくる苦い笑いを噛み殺す。

 流石にこの状況を理解して欲しい。


「ああ、そうですね。失礼しました」

「ありがとう」


 理解してくれたようだ。

 動き始めた風呂場の扉に安堵する……のは早かった。


「あ、次はもっと大きな声で歌ってくださいね」


 扉が閉まる前にピョコッと出てきたサラの笑顔に俺は絶句した。


「……変な女」


 俺はこれ以上、こみ上げてきた笑いを押さえられなかった。

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