其の三
「はッ! なんとまァ、大きな
オレは思わず、
「期待はするな」といわれていた〈
広場と呼ばれるだけあって、巨大な市場で占められたこの一角は、〈
食物といえば、香辛料を効かせた肉の串焼きや、港で水揚げされたのであろう海産物を煮込んだスープを売る屋台もあって、不覚にもまた腹がグウウと犬のような唸り声を上げた。買った軽食や飲料を座って飲み食いする椅子とテーブルも各所に用意されていて、あちこちで食事を楽しみながら商談やら街の噂話やらに花が咲いている。
広場の隅では、金を取って簡単な魔法を
とにかく〈大広場〉には、物でも
その活力にオレも負けじと一歩を踏み出すと、いきなり、買物中らしきヒューマンのご婦人に足の甲を踏まれた。
「あーら、ごめんあそばせ」
――と、謝罪の言葉もあればこそ、痛みによろめいた先で今度は背後からドンッという衝撃があって、
「やだァもう、邪魔ねェ」
――と、材料調達に来たのであろうドワーフ職人の巨大な尻に突き飛ばされて、頭から地面に倒れこんでしまう。
すると、そこへ急ぎ足のハーフオーク配達屋がやってきて、ドスッという鈍い音とともに、
「あッ、踏んじまった。すまねえな」
――と、オレを足蹴にして行き、去り際にそんなところで寝てると怪我するぞ忠告をのたまう。
上品そうな黒猫がどこからともなく現れて、倒れ伏したままのオレに憐れむような声音で、
「にゃぁ」
――と、ひと鳴きした。
グヌヌヌ、なんという醜態か。
これでは見つけられるものも、なかなか見つけられぬかも知れぬ。
*
そこでオレは一計を案じた――遥か
フードつきの
腰には名工
額には
そして――悪戯心が沸いたオレは、
その効果たるや、である。まず目が合ったヒューマンの女は「ひッ」と小さな悲鳴を上げたし、手を握って歩いていた娘らしき少女は目に薄っすらと涙を浮かべている。
――そんなに怖い恰好なのか。
前方よりこちらへ歩いてくる者たちは皆オレを避けるし、周囲の不審な視線に気がついた者たちもまた、オレに気づくとあんぐりと口を開けて驚きの表情を浮かべる。よほど珍しいのか、「ショウ人か?」「イヤ、オニとかいう怪物なんじゃないか」なんていう囁きも耳にした。
――しかし、凡そだれからも声をかけられない。
古の大魔法使いが、杖の一振りで大海をふたつに割り、歩いて海を渡ったという
――なんとも便利な事である。
これで足を踏まれて顔をしかめることも、押されて転び怪我をする恐れも、道を塞がれて先へ進めぬ心配もあるまい。
驚きと呆れと僅かな恐怖が、奇妙な空気の障壁とでもいうべき隙間を作り、賑わう市場の中にあってもオレの周囲だけは、なんだか妙に静かな気がした。
*
「えッ!? あんた、もしかしてショウ人かい? カラ・トゥアから来なさった?」
オレの姿を見るなり、粉屋の店主は矢継ぎ早にそういった。
まァ、これが
「ふむ。まァ、そんなところだ」
「ヘえぇぇェ! ショウ人のお客さんとは、珍しいねェ」
いちいち勘違いを訂正しても仕方がないので、オレはいつもそう曖昧に答える。人生においては、妥協の精神と寛容の心が
「それで、何が入り用なんだい。うちは小麦、大麦、ライ麦、
「市場をあちこち聞いて周ってきたんだ。ここで新鮮な蕎麦の実が手に入るってな。オレにも売ってくれないか」
「蕎麦ねェ。ああ、もちろん構わないが――それより、仕入れたばかりの乾麺もあるぜ。こいつでどうだい」
店主はそういって店の戸棚から、〈倭〉の蕎麦やら〈
「ああ、いや違うんだ。まだ
――オレはそう断り、山と積まれた麻袋の方を指差した。まァ、故郷の味が懐かしくなったからといって、わざわざ材料から仕入れにやってくるとは思うまい。
「そうかい。じゃあ良いのがあるよ。今朝、近隣の村から仕入れたばかりさ。粒の揃った上物だよ」
「おう、じゃあそいつを二袋もらおう」
「毎度あり……でも、アンタひとりで大丈夫かい。一袋、六十ポンドはあるよ。荷運び屋を呼ぶこともできるけれど?」
「心配、御無用」
親父から預かった(もとはオレの金ではるが)金貨で支払いを済ませると、オレは肩に一袋づつ、ひょいひょいと蕎麦の麻袋を担ぎ上げた。粉屋の店主はホォォォウと驚きとも賞賛ともつかない声を上げた。小兵ゆえ侮られがちではあるが、
こうしてオレは意気揚々と、〈大広場〉の市場を後にしたのである。
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