第26話

「……精霊が……ちょっと怒っておしおきしたみたいだな……」


 精霊のおしおきは壁を爆破するらしです……。

 精霊達はマユを気に入っているみたいなので問題ないでしょうが……。

 壁は大破損ですね。

 ……精霊が本気で怒ったらどうなるのかと一瞬考えたが、想像がつかない破壊がありそうだと思った瞬間、背筋が凍りそうになり考えるのを止めた。


 マユを悲しませないって言った!

 マユを泣かせちゃダメって言った!

 だからアイツ等に何もしなかったのに!

 竜王が泣かせた!

 おしおきだー!!!


 精霊が竜王様におしおきをした理由をディル様が要約して教えてくれました。


「むしろ、あの涙の理由は竜王様なのかどうか……」

「物事を深く考えられるのは人間の特権だと思うよ。見たままで判別する、それが妖精だしね」

「裏で隠れて物事を進める人間とは大違いですよ」


 そう言い、ラルド様はディル様を全面に押し出し背後に隠れるようにして扉を開けようとする。


「ラルド様……?」

「人間は即死する軟弱生物です」


 言い切るラルド様に、仕方ないといった表情でディル様は率先して扉を開き中の様子を見る。

 こちらに振り返り、小さく頷いたかと思うと扉を大きく開いた。

 中には無傷のように見える挙動不審な竜王様と、俯き微動だにしないマユが佇んでいた。


「マユ……?」


 恐る恐る声をかけると、機敏に動きこちらを見たマユが駆け寄り抱きついてきた。

 声はあげずとも、沢山の涙を溢れさせて。

 ただただ、私に強く抱きついている。


「マユ?涙の理由を教えてくれる?」


 優しく問う。

 きっとマユの事だから、マユなりの何かしら深い理由があるのだろう。

 躊躇っているのか、泣いていて声が出ないのか、呟くような声が聞こえる。


「マユ、教えて欲しい。ちゃんとマユを教えて?」

「私……っ!……自分らしくありたくて……っ」


 マユの背中を落ち着くように撫でる。


「ここに戻ってきて……あの馬鹿達と居て……思ったの……。こっちに来て、私の意思なんてなくて。人形のように、物のように……ただ居るだけで……私の感情も無視されて……」


 鬼のような形相の竜王様と、無表情で剣に手をかけるラルド様が見える。

 ディル様も密かに牙を剥き出しにしている……。


「今までの生活とは違って……常識も違って……前の生活を忘れられなくても、こっちの生活に当てはめて存在だけしなきゃいけなくて……。私は私で変わってないのに……私が分からなくなって」


 マユが私を抱きしめる力が緩み、その顔を上げて私の顔をしっかり見る。


「あの時は生きるのに精一杯で気がつかなくて。アリシアは向こうの世界ごと私を受け入れてくれてたし、竜王様も私がやる事に心配はするけど反対はしなくて、ちゃんと見守ってくれた。だから、私の居場所はここ……ううん、私はここを居場所にしたいの。私が私として生きる場所として」


 真っ直ぐに竜王様を見つめるマユ。

 竜王様も、その目線に真剣に答えるように、逸らさずマユを見つめる。


「嫌なら断ってください……」


 寂しそうに呟くマユだが、マユの意見を聞いて尚、私は気になる事があった為に尋ねる決意をした。


「マユ……貴方は竜王様が好きなの?貴方の国は自由恋愛だったのでしょう?」


 鳥類は羽化して最初に見たものを親だと思う刷り込みがある。

 始めて居場所を提供してくれた竜王様に対して、そういう刷り込みが働いているんじゃないかと危惧して問いかけたのだが、マユはため息をついた。


「確かに、そういうのもあるかもしれないけど、向こうの世界でそういう恋愛結婚する人もいるし。継続はお互いの気持ち次第だと思う……」


 恋心が芽生えていても気がつかない人もいるし、と呟くマユ。結構大人びた事を言う。

 確かに政略結婚であれ、婚姻後の関係はお互いの気持ち次第でしかないのはこちらの世界も同じだろう。


「それにアリシアとは同性同士だからね。さすがに私は同性趣味はないし……」


 するりと、足元に心地いい毛並みを感じる。

 ディル様が獣姿で私の足にまとわりついたようだ。なぜこの状況で?


「マユの居た国では獣人が居なかったと聞く。異種族での婚姻をどう思う?確かに人型を取っている時は人間のように見えるだろう。同種族が良いならラルドも居る。義理の親子という関係にもなるが」


 静かに何かを考えていたらしい竜王様が口を開く。

 確かに婚姻となるとまた別だ。

 元々のアズール国の人間は獣人を見下していたからという理由もあるが、マユの国には獣人自体が居なかったのだ。


「私には可愛らしい兎獣人の恋人がおりますので無理です」


 ラルド様が惚気と共に恋人の存在を暴露した。


「……は?聞いてないぞ?」

「兎なので小柄で可愛らしい方ですよ」


 竜王様は少し不満げに言うが、ラルド様の惚気は続く。

 異種族婚姻に全く抵抗がない恋人同士なのだろう。この地の王妃が獣人になるとするならば、瞬く間に獣人にとっても住みやすい土地となるだろうと思える。


「異種族婚姻でも問題が起こったら起こった時に考えれば良いんです!竜王様は竜王様でそれ以外の何者でもないじゃないですか!」


 だから後は竜王様の気持ちだけなんです!と声を上げて叫んだかと思ったら、マユはラルド様の方を向いた。


「てか、兎って!小柄って!!元の世界の定番パターンかどうか確認したいです!……外見年齢って、人間で言ういくつに見えるんですか?」


 どうやらマユ的にはラルド様のお相手である兎獣人の方に気を取られたようですね。

 ディル様は獣姿のまま寝そべって我関せず状態なのですが、少し大きめサイズなので寝そべっても私の腰辺りに頭があるため、思わずその毛並みを堪能すべく撫でまわしてしまう。


「……そうですね……人間で言う……八歳?」

「アウトォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 マユの絶叫が城内に響いた。


「良いですか!?それを人は……向こうの世界ではロリコンと呼びます!場合によっては犯罪です!元殿下と同じ犯罪者です!同レベルです!」


 マユの熱弁に、ラルド様が手と膝をついて項垂れる。


「あれと……同じ……犯罪……あれと……」


 呆然自失状態となり、何やら呟いている。

 人間と……しかも自分が軽蔑する存在と同じだなんて、どれだけ心に傷を受けたのだろうか。

 なんて思うも、マユの熱弁は続く。


「幼児に対し性的趣向を抱くのはロリコンです!私の居た所は18歳以下は法律で守られてます!もしそういう行為をしてたら駄目なんですよ!そもそも成長しきってない身体に負荷がかかるし、妊娠でもしたら大変なんです!八歳なんてまだ子どもじゃないですか!見た目八歳ですよ!?中身が大人なら恋愛感情は良しとしましょう!でもその先が問題なんです!!」

「ちょっと詳しく教えてくれ」


 未だ正気にかえらないラルド様。しかしマユの言葉にディル様が真剣な眼差しで身を起こした。

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