第21話

 あれから、そのまま突進しようとしたラルド様を抑えつつ、領民たちに説明をすると中には王都へ行きたがる者が多数居た。

 王都から逃げられなかったお年を召した方や足の悪い方、子どもが小さく長旅が出来なかった家族など、置かれている知り合いを気にしての事だった。

 戦況はこちらが圧倒的に有利という事も加え、王都の機能回復も含めて希望する者は全員連れて行く事になった。

 ひとっ飛びとまでは行かないが、時間をそこまで短縮してしまうと民達の負担も大きいだろうと考え、普通に馬車で移動をするが食料は竜王様と同じく竜族の方が毎回大量に運んでくれる。


 ……こんな優雅な旅があって良いのだろうか……。

 私は相変わらずディル様に乗せていただいているが。

 人間と獣人の差には驚くばかりで、でも民達は感謝し、お互い笑顔で接していて、そこに差別などはなく安心している。


「私達は助けられていたのを気がつかない程、小さな世界で生きていたのですね」

「ん?」


 ポツリと呟くと、隣に居たディル様が首を傾げる。

 ディルの隣には竜王様やラルド様も居て、隣に居るのが当たり前のように……乗るのも当たり前のようになっていて、固辞したのだが、民に仲良い姿を見せなさいと母に言われ今に至る。

 確かに此処が自分の居場所のような感じもする。

 堅苦しかった王都での生活。

 微笑みという鎧で、言葉という剣で、扇という盾で、夜会という戦場を駆け抜ける。

 嘘偽りの世界。


「精霊達が居たから攻められなかった守られた土地で、そこに住んでる人間は知らなくて。外の世界も知らなくて。傲慢に生きてきてた」

「だから獣人は素晴らしいんですよ」


 ラルド様が何故か胸を張って答えるが、その横にいる竜王様は難しい顔をしている。


「……アズール国の成り立ちは真実だと考えられるぞ?ルフィル国に記載は多分ないが、実際人間と獣人どちらかを選べとなると、獣人になるだろう」

「多分て……残された資料からは、いつの間にか人間が逃げ延びた先の土地に精霊が集まった。なので伝承的には同じという見解で良いだろう」


 竜王様が不安そうに言うとディル様が補足して答えた。


「……が、それは一昔前の事。農林業を盛んとしている場合、能力がある獣人の方が確かに早くはあるが、細かい作業や頭脳戦に関しては人間が上だろう。寿命の問題かもしれないが、効率を良く考えて動く」

「俺みたいなヤツもいるけどな……」


 ディル様が見解を述べると、少し離れた場所に居たカイル兄が呟いた……。

 うん。カイル兄様は戦略たてるのも苦手ですものね。


「今だから良いのではないのですか?」

「王妃様?」


 王妃様は母と馬車の中で、アズール国とルフィル国の違いなどについて話していたそうだ。

 母の目から見てルフィル国は一昔前の街並みのようだったと。

 出来ない事が多い人間は利便性を求めて、考え模索して発明をしていったが、獣人達は種族によって器用さが違うという点があるものの、助け合えば特に不便さもなく暮らしてきていたのだろうと。


「ただ……組織的なものは結構アズール国に似ているところもあったわね」


 母が首をかしげながら言うと、竜王様が頷いていた。


「実はラルドが色々立ち回ってくれたんだ」

「だからレイの側近という立場を獲得しているんだけどね」


 竜王様の言葉にディル様が補足を加えた。

 ラルド様はルフィル国にたどり着いたものの、人間に何が出来るんだと言われ、実際に獣人のように動く事は出来なかった為、知恵で立ち回っていたそうだ。

 それを周囲の獣人達は面白いものを見るように、ラルドの言葉に耳を貸し、試し、成長していったと。

 国政という面でも基盤を整える意味で竜王様の側近となり、地盤を整え、適材適所の獣人を置き、更に効率を良くしていったそうだ。


「ラルド……あなた……優秀だったのね?」


 驚いたように王妃様は言う。何故か疑問形で。


「獣人は頭も柔軟で新しいものでも良いと分かればすぐに受け入れるんですよ。理屈ばかりな人間と違って」

「きっとカイルなら何も考えてないから素直に受け入れるわ」


 あくまでも獣人至上主義の言葉で返すラルド様に、母はカイル兄の思考回路を述べた。


「人間が獣人がというよりは、きっと性格だろうな」

「あとは育った環境もじゃないか」


 ディル様と竜王様も笑う。

 助けられてばかりで、支え合い協力しあう体制は大丈夫なのか不安になっていたが、ラルド様のおかげで大丈夫そうで安心した。

 一方的な関係は、どこかで必ず綻びが出る。


「ちなみに、畑の手伝いとかも気にしなくて良いぞ。土地が違うと土も違えば育てやすい作物も違うと聞いて楽しんでいる」

「言うなれば生肉や焼くだけの肉、生野菜を食べているような生活から料理というものを知って、領地で出来上がる料理を楽しみにしてますから、運ぶ事くらいしますよ」

「一部不満を持っていた奴等も聖女の周りにいる精霊に度肝を抜かれてたしな。人間にも凄い奴がいると」

「興味が無さそうな奴等も、アズール国で起こった事を聞くと、人間って面白いなって興味持ち出したし」


 竜王様とディル様が淡々と色々な暴露をしているが、最後どうかと思える。

 ちなみにそれを聞いていた母が獣人達により楽しんでもらう為、今回の事を本や劇にする予定だと教えてくれた。

 それ、人間の王は愚かだと大々的に広める事になるのではと思ったが、ラルド様の過去の実績もあるし、きっとラルド様ならば何とかするでしょう。

 愚者達と血のつながりはあるけれど。

 頑張れ、ラルド様。




 ◇





「マユ!ここに居たか!」


 図書館で静かに本を呼んでいると、飛び込んでくる馬鹿。


「……毎回毎回、叫ばないと喋れないわけ?」

「そういう仕様ですね」


 ウンザリするように呟いた言葉に、リスタが答える。

 リスタと共に書物を調べていたので、存在を隠すようにしても気がつかれてしまう。

 多分リスタも隠せるだろうが。そもそもこの城には人が少ない上にリスタの存在もそれなりに大きい為、あっさり気がつかれたのだろうと思う。


「……何故リスタがここに居る」

「調べ物のお手伝いです」

「だったら俺に声をかけろ!マユと二人きりなんて許さん!」


 うーわーうざーいー。

 精霊や王国建設あたりの情報、獣人と人間の関係等、アズール国側の書物を少しでも読んでおきたいと思ったのだから、一番知識があるリスタにして何が悪いんだろう。

 そもそもお前はまず人の気持ちを考えるって心理的な本でも読むのが先だろう。そういう書物がこの世界にあれば、だけど。


「マ……マユ……!?」

「声に出てますよ」


 信じられないと言った様子で馬鹿王子は驚愕の表情をしたまま震えている。

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