第20話

「私、生贄じゃないんだけど?」

「存じていますが?」


 あれから、ベタベタとしつこい馬鹿をかわそうとしても常に引っ付いてくるし、マユ~マユ~と煩い。

 自分の名前が大嫌いになりそうな程だ。

 しかも今回はストーカー王子だけでなく、ロイドとアスタまで敬ってくるのだ。

 息苦しい。キモイ。

 騎士達も禄に居ない王城なのだ。ついうっかり昏睡させて倉庫っぽい場所へ放り投げてきた以上、そう簡単に見つからないからバカ三人を起こされる事もないだろう。

 というわけで、苦言を呈しにリスタの元へ来たのだ。


「三馬鹿じゃなかったの?」

「三馬鹿とは?」

「馬鹿三人組」

「……それは殿下、ロイド、アスタの三人ですか?」


 リスタは、サラリとその三人の名前を挙げたが、殿下が入っている以上は不敬なんじゃないかな、と思いつつ、きちんと訂正だけはしておく。


「殿下は馬鹿王子、もしくはストーカー王子だね」

「ストーカーとは?」

「異常な執着で付きまとう人?」

「あぁ……」


 少し間を置いて何かを考えているのだろう。表情は変わっているようには見えないが。


「マユはレイドワーク嬢とそう呼んでいるのですね」

「いや、精霊ネットワークでそう呼んでるだけ」

「どういう事か色々お伺いしても?」


 特に話しても問題ない話題ばかりなので、獣人達との関わり含めて精霊達の事も話していくと、明らかにリスタの表情が驚き、怪訝となり最後は笑いだした。


「知らぬは人間のみ!我が国の愚かさはそこまで広がったか!」


 ほとんど表情を変えることなく淡々としていたリスタが笑っている事にマユも驚きを隠せない。


「それで?聖女様はそちらが本性なのですか?」

「話を聞いてくれない人の前で話すのは疲れません?」


 別に隠していたわけでもない、と暗に隠したような言葉で返すと、リスタは成程と更に笑う。


「そして聖女様の目的は何でしょうか」

「リスタも馬鹿ではなさそうなのに、どうしてこの状況を放っておくの?」


 核心を突くような言葉に、こちらも核心を突く言葉を返す。


「馬鹿なのは上層部であって、リスタは違うみたいだけど?」


 更に言い募った私の言葉に、リスタの瞳に少しだけ悲しさが宿ったような気がした。

 そして言ってから気がついたのだ。

 上層部のみ……リスタ一人だけがマトモでも、気がついても、どうにかできるものなのだろうか、と。

 上司に……トップに意見できるのか?できても通るのか?むしろ自分の意見なんて……。

 そうだ。リスタは常に合わせていた感じがする。余計な事は何も言っていない。


 王子の言った事のみを私に繰り返し。

 王子の望むように私に言葉を紡ぎ。

 王子が希望する言動を行う。


「……ごめんなさい」


 つい謝罪が口についてしまったのは、向こうの世界での癖かもしれない。

 私の考えに気がついたのか、少し苦笑してリスタはこう言った。


「私は……ただ見ているだけですよ。」










「抑圧されていた感情が溢れ出る様は、そういったものなのでしょうか」

「え?」


 ポツリとリスタが呟く。

 リスタは思っていた。

 自分と正反対の、自分とは違う、嫉妬と憎悪を抱かせる人物が目の前にいる――。

 壊したいなんて思っていたけれど、今マユが持つ情報も経験も素晴らしいものがあり、自分の状態を思い謝罪したマユの教育水準もきっと高いものだったのではないかと考え、そして思い至った。

 自分は何もマユの事を見ていなかったと。


 人は嘘をつく時やごまかす時など、感情の変化があった時、身体の色々な部分が一瞬動く。

 それを見極め読み取ったりするのには長けていたが、結局自分は籠の中にいたのだと思わされた。

 私の心を掻き乱す存在であるのは変わらない。

 面白そうだな、なんて思いも芽生える。

 ただ近くで見ているだけ……ではなく、少しでも何か自分も行動をしてみたら……また何か変わるのかもしれない、なんて。







「なるほど?」


 この国の基盤はもうなく、王家に忠誠を誓うような者も居ない事をマユに告げた。

 内部は崩壊している状態で、形だけの王家となっている。

 気がつかないのは王家のみ。そう言っても過言ではない程だった。


「では無血開城させようと思うならば必要な準備は?」

「それが狙いですね」

「あ……」


 現状を聞き入っているので何かしら目的があるのだろうとは思って探るつもりが、マユ自ら口に出してくれた。

 レイドワーク一族に、聖女に、獣人達。

 これはもうアズール国にとっては革命だろう。


「王と王子を捕えれば良いでしょう。守ろうとしてくるのはロイドとアスタくらいですね」

「五月蝿そう……眠らせて縛れば良いかな?アリシア達は普通に城へ入ってこれる?」


 眠らせて放置してるのは知っているが……。

 少し躊躇いがあるのかと思っていたが、躊躇いは一切ないらしいというのが口調からわかる。


「城へ入るのは一応騎士や兵士がおりますからね。まぁ生活の為に仕事はしている風ですので、すんなりとはいかないかと」

「じゃあディル様に竜王様を燃やしてもらって突撃したらインパクトあるかな」

「え?は?竜王?燃やす?」


 え?まさか竜王まで来てる?

 獣人って竜王?自ら?

 頭が混乱状態になっている時に、マユは何もない空間を見ながら謝罪の言葉を口にしつつ、あの光景が懐かしくて、なんて言っている。

 精霊達と話しているのだろうか。

 そもそも燃える光景が懐かしいとはどういう意味だろうか。


 楽しそうに自分の知らない話をするマユに、少しばかり心が痛む。

 本当にマユは色んな感情を教えてくれると思うものの、手の届かないような存在なのだと改めて実感する。

 それはきっと周囲の環境的なもので、自分の努力で何とでもなったものだと思うけれど。

 ほんの少し芽生えていただろう淡い気持ちを、確実に自覚する事もなく、淡い痛みだけで、そのまま終わらせようとした。

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